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男は、名前を坂田銀時だと名乗った。 そして近藤に頼まれて己の世話をしている『万事屋』というなんでも屋をやっている、とも。 その容姿はどこか一風変わっていて不信を感じたものの、男のいうことには一応筋は通っていて、何より部屋の中に置かれた文机や鴨居にかけられた己のものと思われる着流しを見れば、自分がここで生活していたのは間違いないように思えた。 ならば、警戒をすることはないだろうかと土方は銀時をじっと見つめる。 「……あ、そうだ。ちょっと待ってろよ」 「は?」 その時、男が急に何かを思い出したように土方を置いてその場に立ち上がった。 男の後を追うように立ち上がってしまったのは、わけの分からない場所に一人で置き去りにされる不安感からだったのだが。 その男――銀時は土方を置いて隣室へと向かったようで、土方はその後を追いかけその襖から銀時の姿を探した。 襖の向こうは対面のソファとテーブル、それに窓に面したもう一つの机と椅子が置かれており、その一般的な家屋とは言いがたい内容に首を傾げる。 銀時はその窓際に置かれた大きな机の中から、なにか手紙のようなものを持ってこちらへと戻ってきた。 「……これ、読んでみてくれるか?」 眼の前に差し出されたのはやはり手紙で、だがその宛名面には何も書かれていない。 これはなんだと戸惑ったような顔をする土方に、やっぱりこれも忘れちまってるか、と銀時はぽつりと呟いた。 「……これ、なんだ?」 「手紙。俺の記憶が無くなる前にお前が書いた、……お前宛の手紙だ」 「俺、が?」 「あぁ。俺のことを忘れたら、お前に渡してくれって。因みに中身は俺も知らねぇ」 だから、自分で確かめてくれ、と手渡されたそれを、土方は恐る恐る受け取る。 ひっくり返しても記名らしい記名はどこにもなく、土方はやはり開けてみなければ何も分からなそうだと頷いた。 「……わかった」 「じゃあ、俺はこっちの部屋行ってるから。読み終わったら教えてくれな」 そういって、銀時は土方と銀時の間の襖をゆっくりと締める。 程なく視界が襖の張り紙だけになり、土方は踵を返しながら糊留めされた封書の貼った先を指先で割くように封筒を開いた。 そのまま内封物を取り出せば、入っていたのは一枚の便箋で、そこには間違いなく己の筆跡と分かる文字で、こう書かれていた。 ――――――― この手紙を俺が読んでいるということは、俺はとうとう銀時の事も忘れてしまったということだろう。 まず、今のお前はそこがどこかも分からず、目の前の男の事も知らず、不安だと思う。 だが、安心していい。 今お前がいるその家の中は、お前を害するものは一切ない、安全な場所だ。 それから、お前にこれを渡してくれた銀髪頭の男は坂田銀時と言って、近藤さんが信頼を置き俺を預かってくれている男だ。信用していい。 本題に入る。 今回俺が銀時に手紙を託したのは、お前に知っておいてほしい事があったからだ。 でも、恐らく銀時はそれをお前には言えないし、言わないだろうと俺は考えている。 だからこそ、それをお前に伝えるためにも、俺がここに書いておきたい。 俺は、 土方十四郎は、坂田銀時を愛している 俺と銀時は情を交わした恋人同士であり、身体の関係もある。 この事実を知って、銀時を忘れてしまった俺がどんな感情を抱くかは、今の俺にはわからない。 ただ、それでもこの事実を俺に伝えたのは、銀時にこの件をなかったことにはしてほしくなかったからだ。 多分、銀時は俺を混乱させないためにも事実に蓋をして、俺が望めばここではない別の場所で療養することも反対せずに受け入れるだろう。 だが、できればお前にはこのままこの万事屋に留まって銀時の側にいてやってほしい。 俺は一度、過去に自分の身勝手でこの場所を去ろうとし、銀時を酷く傷つけてしまった事がある。 できればもう、銀時にあんな思いをしてほしくはない。 銀時を、傷つける事をしたくない。 だから、頼む。 受け入れられないのならば、それでもいい。 今のお前に銀時ともう一度やり直せとも言わない。 ただ、どうか、傷つけないでほしい。 俺の、大事な恋人を、どうか傷つけないくれ。 お前が俺なら、俺の最後の頼みをどうか、聞き届けてくれ 土方十四郎 ――――――― 坂田銀時様 俺宛の手紙は、ちゃんと俺に渡してくれたか? というより、約束破って俺に内緒で開けたりしてないよな。 手紙なんて、今更どうやって書いたらいいのかよくわからねぇ 特に俺は文才なんてものはないから、多少変でも用件がわかれば、それで勘弁してほしい 現状から俺がお前を忘れてしまう時、あとどの程度の記憶が俺に残っているのかはわからない。 だが恐らく、この手紙のことはもう、覚えていないと思う。 それに、お前を忘れてから近藤さんの記憶を失うまで、時間はほとんどないはずだ。 多分今、上手く事が運んでいれば、俺は屯所から俺の生活必需品をそっちに持ち込んでいると思う。 その上で、俺が屯所から持ってきた銀行の通帳やカード、それに実印などは全て、管理をお前に任せる。 今の俺に恐らくそれを管理するだけの能力は残っていない。 俺に何か言われたら、証拠としてこの手紙を見せてもいい。 それから、当面の俺とお前の生活費は、その口座から出してくれて構わない。 暗証番号はこの封筒の内側に書いておく。 今までの謝礼金だと思えば、少なすぎるくらいだ。遠慮無く使ってくれ。 (ただし、娯楽には絶対に使わないこと。言うまでもないと思うが一応言っとく) まぁ、いちご牛乳くらいは好きに買え。 手紙は、そんな締めの言葉なのかよく分からない言葉で終わっている。 「……信用ねぇの……」 読み終わって、思わず口から漏れた言葉は、ほんの少しだけ震えていた。 それにしても、己を忘れることを悟って託された手紙の内容が生活費の心配とは、一体どれだけ世話好きなのか思わずため息が漏れて。 まぁ、それも土方らしいかと手紙を封筒にしまおうとした銀時は、ふと便箋がもう一枚あることに気づいた。 ぴったりと重ねられていたために気付かなかったそのもう一枚を、銀時は後ろから回し読み終わった便箋の上へと重ねる。 そして、そこにたった一言綴られた言葉に、息を呑んだ。 愛してる 便箋の上の方に、ただそれだけ。 一枚目の便箋にはまだ下に余白が残っており、書きたければそこに幾らでも綴れただろうに、土方はあえてそうしなかった。 いや、きっと恥ずかしさが勝ってできなかったのではないかと、そう思って。 「土方……」 鳩尾の辺りが絞られるように痛み、じわりと目頭が熱くなった。 俺もだよ、という言葉は涙に紛れて、口からは掠れたような声しか出なかった。 思わず便箋で顔を覆おうとして、だがそんな事をすれば便箋が涙で汚れてしまうことに気づき、銀時は直ぐに手紙を顔から離した。 そしてもう一度目にしたその言葉に、耐え切れなくなったように目尻から涙が零れる。 これは、もし土方の記憶が戻っても、戻らなくても、生涯大切に己だけの宝物にしておこうと思う。 今襖の向こうにいる土方は、記憶を無くす前の己が銀時に対しそんな恋情を抱いていた事など知らない。 ましてや二人が恋人同士だったなどとは夢にも思わないだろうし、あえていう必要もないと思っている。 ただでさえ記憶をなくして混乱しているのだから、これ以上土方を困らせる必要はない。 銀時としては、あんな状態の土方を一瞬でも手元から離すことなどとても出来ないし、したくないがもし土方が己を信用出来ないと言ったら、考えなければいけないと、思う。 今何よりも怖いのは、土方の精神がストレスでヤラれてしまう事だ。 だからこそ、その意志は尊重しなければいけないだろうと、銀時がそう決意したのとほぼ同時に、背後で襖が開いた。 慌てて涙を拭って後ろを振り向けば、そこには封筒を持った土方が立っていて、無意識にほっとする。 「……手紙、読んだか?」 「付き合ってたって本当か?」 「…………はい?」 だが、良く見ればどこか驚いたような顔つきの土方が開口一番に告げたその言葉に、銀時は思わず顔を引きつらせた。 銀時の返答に土方の顔は更に不安がましたようなそれになり、その問いかけは更に矢継ぎ早になる。 「恋人だったって。俺が、お前を、好きだったって……」 「いや、ちょ、ま、なんの話!?」 余りの予想外の展開に頭が付いていかずに思わずそう問い返す銀時に、土方はますます困り果てたように眉を寄せる。 そして手に持った手紙をじっと見つめ、もう一度銀時を見た。 「……嘘、なのか? そんな事実は、なかった、のか?」 俺の妄想? などと理解できない顔で手紙と己を見比べる土方に、銀時はそこで漸くなぜ土方がそんな事を言い出したのかを察した。 そうなれば、取り敢えずはまずそれが事実であったことを認めてやったほうがいいと、銀時は頷く。 「いや、それは、ホント。事実だよ」 「事実……、……俺は、お前を好きだった?」 「……あぁ、そう、だな」 ここでそれを肯定するのは勇気がいる行為だったか、この際自惚れと言われようが事実は事実だと開き直ったほうが話が早い。 「……テメェも、俺も好き、なのか?」 「………、うん。好きだよ」 もうこうなればままだと、銀時は至極真面目に、己が真剣であることを伝えるように土方にそう告げる。 途端、土方の顔が熱に晒されたように真っ赤に染まり、そのまま腰が抜けたようにその場に座り込んだ。 「わ、っ土方!」 ズルリと力が抜けた土方の身体に手を伸ばしながら傍へと駆け寄り、銀時はその場にへたり込んだ土方の脇へと腰を下ろした。 大丈夫か、と問いかけると、土方は心底混乱したような顔でこちらを見上げる。 そしてそのまま何かを言おうとして結局言えずに下を向いては頭を抱えている。 恐らく、その姿勢は例の頭痛ではなく単純に現在の状況が理解できていないせいだろうと、銀時は声をかけていいものか戸惑いながらその場でおろおろと手を彷徨わせた。 恐らく、だが。 土方が銀時に託し、今目の前にいる土方が読んだ手紙には、己と銀時が恋人同士であったのだという事実が書いてあったのだろう。 そうでなければ手紙を読んだ土方が突然銀時にそんなことを言い出した事への説明がつかない。 土方の気持ちが理解できないわけではないし、恐らくは己の元から土方が去ってしまうことを危惧した上でのことだろうと、その思考回路に予想はつく。 つくが、また随分と荒療治というか思い切ったことをしたものだと、溜息を吐いた。 自分相手のことだから、土方は今の土方の精神状態などまったく加味することなくそれを行っただろう。 だが正直その後を負うのは銀時であるという辺りをもう少し考慮に入れて欲しかった、ような気もするのだ。 勿論今更の事ではあるし、これで土方がこの場に留まってくれるのだと思えば、嬉しくないとは言わないが。 「……男、だよな?」 頭を抱えていた土方が、恐る恐る、という口調で問いかけてきたその言葉に、銀時は頷く。 「……あぁ、男、だよ」 「……恋人……、……俺が、男と、恋人……」 「……な、なんか、すまん……、その、急にいきなり全部理解しようとする必要はねぇからさ」 だから、そんなに考えこまないで一旦横に置け、告げる銀時に土方は困惑した表情になりながらも頷いた。 銀時はそんな土方の様子にほっと息を吐き、敷居に座り込んでしまっていた土方を支えながらその場に立たせる。 そして、先程自分が座っていたソファへと誘導し、取り敢えずそこに座らせた。 土方は銀時に支えられたまま素直にソファへと腰をおろし、そして、顔を回すようにして部屋の中の様子を伺っていた。 そして、一旦気持ちを落ち着けようとしているのか、ゆっくりと深呼吸をしてから、こちらを見る。 「ここは……お前の家、なのか?」 「あぁ。まぁ見ての通り事務所も兼ねてるけど」 「事務所……、ここ、会社なのか?」 そう言ってまた部屋を見回す土方に、銀時は会社っつーか店かな、と懐から名刺を取り出して土方に差し出した。 「なんでもやります、万事屋の坂田銀時です。どうぞ、ご贔屓に、ってな」 差し出した名刺には、『万事屋 銀ちゃん』という屋号と『坂田銀時』と己の名前が記名されている。 土方はそれを受け取り、その小さな紙に書かれた文字をまじまじと見つめた。 「……『まんじや、ぎんちゃん』……?」 「いや、『まんじや』じゃなくて『よろずや』。よろずやぎんちゃん」 「え、でもよろずやなら、事いらなくねぇ?」 これをそのまま読むなら『まんじや』だろう、という土方に、銀時は人差し指を振りながら説明をした。 「だからさーそれだとなーんかかヨロズの物を売る店みてぇだろ? 俺がやりたかったのはなんでもやりますな店だったの。だから、『万』の『事』を売る店で万事屋」 「へぇ、なるほどな……、……じゃあついでに聞くけど、なんで額縁に『糖分』ってかいてあんだ?」 「そりゃ、人生においての最重要項目だからに決まってんだろ。大体のことは糖分とっときゃどうにかなんだよ」 糖分こそ身体の資本である、と。 銀時は至極真面目に力説したつもりだったのだが、そんな銀時の様子に土方は一瞬呆気にとられたように瞠目し、それから思わずといったように吹き出した。 そして、ひとしきり笑った後、土方はその目線を銀時の方へと向け、へたりと目尻を落とす。 「なんか、……変な奴。俺どこがよかったんだろうな」 「何そのさりげない失礼発言」 「銀時」 「え、……?」 だが、唐突に呼ばれたその呼称に驚き、だが、そんな銀時の反応に土方は不思議そうな顔をして。 「……銀時、だよな。名前、……あれ、さっきそう名乗ったよな、おめぇ」 そう言って名刺を見直す土方に、銀時はいや、あってると慌てて首を振った。 「いや、そうじゃなくて。呼ばれなれないっつーか……」 「……? 坂田、か?」 ならば苗字で呼んでいたのだろうかと呼称を変える土方に、銀時は再度首を振った。 「万事屋、って。そう呼ばれてたから」 だから、呼ぶのならそう呼んで欲しいという銀時に、土方は少しだけ驚いたような顔をして。 「恋人なのに、か……? っつーかそれ、固有名詞じゃなくて屋号だよな」 「あー、まぁ、そもそも俺が万事屋として仕事してた時にそう呼ばれだしたのが呼ばれた最初だから、……もう癖じゃねぇかな、と」 「最近なのか? その、俺達の……」 まだその事実をはっきりと口に出すのは憚られるのか口の中でごまかす土方に、銀時はそうでもないんだよねぇと苦笑する。 「もう、一応年単位で一緒にいるはずなんだけどね」 「え、それで未だに、屋号なのか?」 驚いたような顔で問いかけてくる土方に、その質問を過去のお前に投げかけてやれと心底思ってしまうが、今更そんなことを言っても仕方がない。 今の会話をボイスレコーダーにでも取っておいて記憶が戻った時聞かせてやったらどんな反応をするかと思いながら、銀時は頭を掻いた。 「まぁ、呼びにくいなら坂田でも銀時でも、好きに呼んだらいい」 別にそこまでこだわりはないから、という銀時に土方は暫し迷った後。 「じゃあ、……銀時で」 と、俯きがちに言った。 土方に許可を取り、銀時は土方の荷物を全て土方の文机の中へと仕舞い鍵を掛けた。 そうして、土方の銀時に対する疑問や質問に答えつつ、夕食を済ませたその後の事。 「……眠いのか?」 煙草を持ったまま、ソファの上でうつらうつらと船を漕いでいる土方に、銀時は危ないぞ、と灰皿を差し出しながら問いかけた。 土方は銀時の呼声にはっとしたように覚醒し、灰皿に煙草を押し付けた。 だが、その覚醒もその一瞬だけで、また土方はすぐに欠伸を噛み殺す。 「ん……、大丈夫だ」 「いや、大丈夫じゃねぇから。今にも落ちそうだから」 寝るなら風呂沸かしてくるから待ってろよ、と言い置き、銀時は急いで風呂場に向かう。 だが、火を炊いて急いで居間へと戻ると、土方は既にソファの上に倒れ込んだまま安らかに寝息を立てていた。 「……おい、土方。風邪引くぞ」 せめて布団に移動したほうがと念のため近くによって声をかけて見たが、土方が覚醒する様子は全くない。 無理もないか、と銀時はその寝顔を見ながら溜息を吐いた。 朝から真選組への挨拶や引越しの手配で走り回り、その上その直ぐ後にまた発作を起こし、目を覚ましてみればそこは知らない場所で混乱したはずだ。 そう考えれば土方の身体が並以上の疲れを訴えても、おかしくはない。 銀時は土方を起こす事を諦め、和室へと移る。 そして、いつも土方が使用している布団をそこに敷き、居間へと戻った。 やはり目を覚ましていない土方の身体の下へと慎重に手を差入れ、銀時はその身体を腕の中へと抱き上げる。 よほど疲れているのか銀時に抱き上げられても反応一つ示さない土方の身体に、ひょっとしたら危機管理本能も薄れてきてしまっているのでは、と危惧した。 以前の土方であればどんなに疲れていても銀時がその身体を移動させようと抱き上げようとすれば無意識に目を覚ましていたから。 だが、今はまるで子供に戻ってしまったかのように、ぐっすりと眠ったまま土方は身動ぎ一つしない。 風邪を引いた時というのは自然と眠さを訴えるものだが、やはり風邪にかぎらず病の時は眠くなるものなのだろうかと思いながら、銀時は敷いた布団の上に土方を寝かせ、その寝顔を見つめた。 正直、堪えていないと言えば嘘になると思う。 今の土方の中に銀時への恋情はなく、恋人であることを受け入れてくれているとしてもそれはあくまで情報として、己達の関係を知っているに過ぎない。 もし今銀時が恋人なのだからと土方に身体の関係を迫れば当然土方は拒絶するだろうし、もし拒絶されなかったとしたらそれはそれでとても複雑だ。 前者は当然であり、後者に至ってはその情報に背かないようにと土方が気を使ってくれているに過ぎないのだから。 恐らく今の土方は己に忘れられたことで銀時が少なからず傷ついていることを悟っている。 だからこそ、銀時の言葉を拒む様子は見られないし、傍を離れたいなどとは絶対に言わない。 それを有難いことだと思う反面、無理をさせているのではないかと不安になる。 今の銀時は土方にとって、一番身も蓋もない言い方をしてしまえば恋人だと言い聞かせられた赤の他人だ。 男女の仲ならまだしも、記憶上は初めて会った男と今日から恋人です、等と言われてそんなに簡単に受け入れてしまえるものなのだろうか。 少なくともまず、自分には無理ではないかと感じる。 目の前であどけない寝顔を浮かべながら寝ている土方の様子にどこか切なさが増す気持ちになりながら、銀時はため息を吐いた。 こんなことは、考えても仕方がないと理解っている。 今の銀時の役目が土方を『守る』事であることだけはずっと変わってはいないのだから、それを全うすればいいのだと、銀時は無意識に己へと言い聞かせた。 記憶がなかろうがなんだろうが、俺がなんとかする、と。 銀時は初めて土方を万事屋へと連れてきた際に新八や神楽、それに土方にそう誓った。 記憶を失くされて辛くないはずなどないけれど、きっと当人の土方が誰よりも一番辛いはずなのだから、こんな所で銀時のほうが音を上げるわけにはいかないのだ。 とは思っても、そんなに簡単に割りきれてしまえば苦労はないのだが。 土方を起こさないようにと部屋の電気を消し、銀時は夕食の片付けを済ませてしまおうと居間に戻る。 そして、二人分の食器を台所で洗っていると、不意に玄関で呼び鈴がなった。 こんな時間に誰だと、銀時は水を止めて廊下へと踵を返す。 万が一客であれば今は休業中であることを告げなければいけないし(そもそも時間外だから追い返した所で問題はないのだが)、せめて酔漢など迷惑な輩でなければいいと思いながら玄関に向かうと、ガラス戸の向こうへと映っていたのは見慣れた影。 少しだけ髪の長い洋装のその姿に急いで三和土へと下り玄関を開けると、案の定そこに経っていたのは山崎で。 「何、どうしたの」 こんな時間に何か用事かと、些か驚いた調で問いかけた銀時に、山崎はこれを、と銀時の前に紙袋を差し出した。 「お届けものです。すみません、今週の分が遅くなってしまって」 そういって渡された紙袋の中には、恐らく二人分の食材やマヨネーズ、小豆などの己や土方が好きな嗜好品などがいっぱいに詰められていて。 「え、……これ」 「局長が、お渡ししろと。貰えないなんて言わないでくださいね、お肉結構奮発したんで」 傷んじゃったらもったいないですよ、と、まるでこちらの言い分を先回りしたような山崎の言い分に戸惑う。 「いや正直ありがてぇけど、……土方はもう」 「たとえ副長でなくなっても、土方さんはうちの局長の大事な親友です。それは変わりません」 もともと食材は好意の差入れだったんですから、と続ける山崎に、銀時は多少気が引けるものの受け取っておいたほうがいいのだろうかと頭を掻く。 正直、今の土方から目を離すのはますます心配だし、かと言って買い物に付きあわせて引っ張り回すのはもっての外だ。 以前はまだ銀時のアシストがあれば土方自身に己の身を守れる程度の武力は残っていたが、それも遠くない数日後には失われてしまうだろう。 だからといって部屋に一人置いて外に出るのは過保護と言われようともどうしても怖いのだ。 今時小学生だって留守番くらい一人でできるのだからとは思うが、やはりいつ変調が起こったらと気が気ではない。 もしどうしても入用なものがあれば新八にでも頼もうかと思っていたのだが。 そもそもいくら次の発作時期の予想がついたといってもそれはあくまでも予想の域を出ない不確定なもの。 病状に前例のない天人の病など、何が起こった所で不思議はないと思えば、自然過保護になってしまうのは当然のことだろう、と最近はもう完全に開き直っている。 「今の土方さんを万事屋から出すのは、不安だと思いまして。もし旦那を忘れてしまえば、もっとでしょ」 だから、遠慮なく食べて下さい、という言葉に、その予想が的中であることも去ることながら、銀時は思わず苦笑いを零す。 そのなにか言いづらそうな表情の変化に、山崎はすぐにその理由に気づいたようだった。 「……え、まさか……」 「……さっき、こっち帰ってきて直ぐな。今はそんなことがあったせいで疲れちまって、もう寝てる」 だから、ちょっと静かにな、と口元に手を当てる。 銀時の動作に山崎はこくりと無言で首を縦に振り、銀時も念のため山崎を押して万事屋の外に出て、玄関の引き戸をピタリと閉めた。 これで普通に喋る分には土方が起きてしまう心配はないだろう。 「あの、大丈夫ですか? 土方さんは旦那のこと……」 忘れてしまったということはそういうことだろう、とどこか心配気な顔で問いかけてくる山崎に銀時はそれがな、と先程自分の身を襲った出来事を話して聞かせた。 山崎は銀時と土方が付き合うようになった経緯も全て知っているし、吐き出すにはちょうどいい相手だった。 それに経過説明の代わりにもなるだろうと。 山崎は銀時に聞かされた事の次第には顔を引き攣らせて『流石副長ですね……』と呟き、褒めているのか貶しているのか微妙な感想を漏らしながら乾いた笑いを漏らしていた。 「じゃあ、これでもう本当に、局長だけになってしまったかもしれないですね」 土方の中に残る色濃い人間の記憶は、と言う山崎の言葉に、銀時は頷いた。 「あぁ。……そうだ、ちょうどいい。その件で、ちょっとお前に聞いておきてぇ事があんだけどよ」 「なんですか? 俺に、お答えできることなら」 「土方が、近藤に初めて会ったのって、何歳くらいの時か分かるか?」 「え?」 唐突な自分の問いに、だか山崎はすぐにその質問の意図に気づいたようだった。 つくづく、地味だが頭のいい男だと改めて思う。 土方が好んで傍に置いてた訳が、こうして連絡をとりあうようになってから銀時には頓に理解できるようになった。 「えっとですね、正確ではありませんが、十代半ばくらいかと思われます」 「そうか……」 「それって、……副長の退行を危惧されてるんですよね」 山崎の問いかけに、こういう察しの良さが重宝されるのだろうと思いながら銀時は頷く。 「あぁ。アイツが記憶ボロボロ落っことしてんのに、未だに普通の成人男性の思考でいられるのは近藤の記憶が一本柱としてアイツの中に残ってるからだろうからな」 「確かに、十代半ばで局長にあってから、あの人の隣に局長がいなかった日は多分累計しても一年に満たないと思います」 要するに、武州で近藤に出会ってから今日までの間、土方の隣に近藤が居続けた事が、土方の成長の記憶と二十代後半の男性としての自我を支えているのだ。 そして、それがなくなってしまうということは。 「近藤を奪われたが最後、最悪その十代前半までアイツの記憶は一気に後退する。いや、その当時の記憶がもう残ってなけりゃもっと前だ。……そうだよな?」 「はい。旦那がいなければ、もう土方さんの記憶に土方さんの今の姿を知っている人は恐らくいません」 近藤を奪われれば、病は一気に加速し土方の精神にどんな異常をきたすか。 考えただけで銀時と山崎の背筋に寒気が走った。 「……なんもなきゃいいけど……、精神的にヤラれねぇかだけが不安だ」 「そうですね……、あの、松本先生には?」 「後でお前んトコ電話して、さっきのこと聞いてからにしようと思ってからな」 明日の朝にでも伝えるよ、と告げれば、山崎はわかりましたと頷いた。 「それじゃあ、俺はそろそろ……、あぁそうだ。忘れる所でした」 「なんだ?」 まだ何か用事だろうかと銀時が問い返すと、山崎は隊服のポケットから土方がいつも吸っていた銘柄の煙草を一箱取り出し、銀時に差し出した。 「局長を忘れてしまえば、あのチェーンスモーカーも流石に喫煙欲求から開放されるような気はするんですが、もしその前に煙草が切れたら、渡してあげて下さい」 「……それは、明日だからか?」 煙草を受け取りながら銀時が問いかけたその言葉に、山崎はそうですね、と肯定の意を示した。 「こんなことになっちゃって、実は俺も思い出したの、ついさっきなんですけど」 だからコンビニで買えるような煙草くらいしか思いつかなかったのだという山崎に、銀時はいやいやと首を振った。 「むしろ、これが一番喜ぶと思うぜ、あいつは。いつから吸い始めたんだか、さっきも寝そうになりながら煙草吸ってたし」 初めのうちは体に悪いからと止め気味だった煙草も、無理に取り上げればストレスの要因になるかもしれないと最近は何も言わずにいた。 そのせいで土方の喫煙率は一度下降した後また元に戻りつつある。 「まぁ、少なくとも江戸に出てきてからな気はしますけど、逆を言えばそれからずっとですから、もう諦めたほうがいいとは思います」 「だよな。……まぁ、貰っとくわ。明日朝起きたら渡しとくよ」 恐らく、記憶がなくなった後再度覚えた山崎のことならば、土方はまだ覚えているだろう。 近藤を失くしてしまえば、どうなるかは保証できないが。 山崎はそんな銀時の意図も理解しているのか、はい、と頷き破顔した。 「お願いします。じゃあ、俺はこれで」 「おー、なんかあったら、連絡するわ」 たとえ真選組を辞めても、土方が彼らにとってかけがえのない人間だという事実は残っている。 だからこそ告げたその言葉に、山崎は深くありがとうございます、と礼を告げ踵を返した。 そのまま音に気を使うように階段を降りていく背中を見送って、銀時は部屋の中へと戻る。 台所に寄って食材を冷蔵庫の中に収めた後、銀時は山崎から受け取った煙草を片手に居間へと戻った。 ふと見ると、壁に付けられた時計は既に日付を少しだけ飛び越えている。 規則正しく時を刻む秒針に、もう明日が今日になってしまっていのだと思いながら、銀時は箪笥の横にある日めくりカレンダーを一枚破り日付を変えた。 そして、そこに現れた日付に溜息を吐く。 赤いインクで印刷された『5』の数字。 そして、その数字の脇には祝日の表記として『こどもの日』と同じく赤い文字で書かれている。 山崎を忘れた四月二十日から、十二日。 そして先日の沖田の倒れた五月二日から、今日で三日が経過している。 五月五日。 今日は、土方の誕生日だ。 誰もがこの騒ぎでそんなことを思い出す暇すらなく、恐らく土方自身はそんな事とうに忘れてしまっていただろう。 現に山崎もさっき思い出して慌てて用意したと言っていた。 大方コンビニかスーパーで端午の節句の飾り付けを見て、唐突に閃いたに違いない。 元々誕生日の日付としては覚えやすく印象深いものだ。 銀時自身は五月に入った辺りからそういえばそろそろだなとは思っていたものの、やはり正直それどころではなかったというのが本当だった。 だが、山崎からの煙草もあるし、逆にこんな時だからこそ祝ってやるのもいいかもしれない、とも思う。 そんな豪勢な事はしなくとも、土方の好きな料理で食卓を埋めて、今日はお前の誕生日なんだ、おめでとさん、と言うだけでも十分な気がした。 喜んでくれるかは分からないが、せめて気持ちは伝わってくれたら嬉しいと思う。 だが、その前にと銀時は今から和室に移動し、土方の脇にそっと腰を下ろした。 相変わらず、起きる気配もなく土方はぐっすりと眠っている。 ならば、これが最後だと決めて、銀時はそっと口を開いた。 「……誕生日、おめでとう。……十四郎」 土方が目を開けている時は、めったに口にできないその呼び名をしっかりと唇に刻み、銀時は上体を傾ける。 本当にはもう、触れてはいけないのかもしれないと思いながら、それでも我慢などできなくて。 銀時は土方の身体の上にそっと覆いかぶさり、柔らかな寝息を立てるその唇に、そっと触れた。 * * * 翌日。 「誕生日おめでとう」 そんな言葉とともに煙草の箱を土方の前に指先で立てた銀時に、土方は一瞬呆けたような顔をして、それから時差で瞠目した。 「……え、た、誕生日、って……」 「誰の、とか聞くなよ。勿論、土方くんのね。まぁ、こんな時におめでとうもなんだけどさ」 因みにこれは山崎から、と言いつつ煙草を土方の手に握らせれば、どうやらその名前に聞き覚えはあったのだろう。 土方はどこか慌てたような仕草をしながらも、次第に事情が飲み込めたのか素直にそれを受け取ってくれた。 「……あ、ありがとよ」 「応。まぁ、俺からは心をこめた手料理と、言葉ってことで勘弁な」 「いや、別に……そもそも俺自身忘れてたような事だしよ」 それに、この歳になって誕生日もないだろう、と。 苦笑する土方に、それでも祝いたいの、と銀時はソファに座る土方の前にしゃがんだ。 そして、土方の両手を左右で握り、下から見上げるような姿勢で目尻を下げる。 「土方、おめでとさん」 そして、今度はこれは己の言葉だと示すような口調で告げれば、土方の目が僅かに大きく見開かれ。 「……え」 そして、まるで前触れもなくその瞳から涙が溢れた。 当然、慌てたのは銀時で、むしろ土方は自分の身に何が起こったのか分からないような顔をしている。 「ちょ、土方どうした!? どっか痛むのか?」 何故土方が突然泣きだしたのかと焦る銀時は咄嗟に土方の両頬を包んで顔を近づける。 そうすれば、急に顔が近づいた事に驚いたのか土方の身体が瞬間的に強張った。 「あ、……わ、わりぃ」 銀時にしてみれば咄嗟の事だったのだが、銀時を特別に見ることはまだ出来ていない土方にしてみれば、当然驚くだろうと。 その反応に、銀時は慌てて土方から離れようとしたのだが。 「いやいい、違う」 逆に土方の腕は銀時を捕まえ、そのまま己の身体を土方の方へと引っ張った。 その意外な行動に、銀時は思わず次の行動に二の足を踏んで土方を見つめる。 「……土方?」 土方の望みが分からずに、どうすればいいのだろうと。 泣いている土方に触れてもいいのだろうかと、手を宙で彷徨わせる銀時に、土方は首を振り、呟いた。 「俺じゃ、ねぇ……」 「……え?」 「泣いてんのは、俺じゃねぇ。……多分お前の知ってる、俺が、泣いてる」 そして告げられた言葉に銀時はまさか、と土方の言わんとする事を察し瞠目した。 そんな銀時の言葉を肯定するように、土方は小さくしゃくりあげながら、言葉を続けた。 「お前を忘れた、俺が泣いてんだ……おめぇに、会いたいって……泣いてる」 泣きたくなどないのに、切ない気持ちが湧き出てきて、涙が止まらないのだ、と土方は言う。 土方自身は恐らくその涙を止めたいと思っているのだろう。 だが、その涙が居間の土方の意思には沿わずに流れてしまうものなのか、土方は困惑した様子で必至に袖口で目元を拭った。 次いで、その手がなにか痛みを堪えるように、胸元を握る。 「おかしいよな……目の前にいんのに、お前が恋しいんだよ……、銀時」 「土方」 俺、どうしちまったんだと、土方は己の身体の反応についていけていないように、首を振った。 今土方の中で何が起こっているのか、それを察することは出来ないが、フラッシュバックのようなものなのだろうかと曖昧に思う。 もし、土方がそれほど強く忘れたくないと銀時を思ってくれている、その思いが記憶とは別の場所に残留思念のように残っているのかもしれない。 なんて、えらく非現実的なことを本気で考えてしまうほど、今の土方の瞳は、まるで銀時を愛しいもののように見る色をしていて、うっかりすれば血迷ってしまいそうで。 いけない、と思いつつ涙が止まらない土方の身体を抱きしめたくて仕方のない衝動に駆られた。 「……銀時、……銀時……、……よろ、ずや……!」 そして、思わずといったように土方の口から零れたその呼称に。 気づいた時には耐え切れずにその身体を腕の中へと抱き寄せていて。 「ごめん……ごめん、土方……」 きっと痛がらせてしまうとわかっていてもその腕から力を抜くことが出来ずに、土方の身体を腕の中に掻き抱く。 だが、酷く抵抗されると思っていた土方の身体はまるでもっと欲しいというように銀時の身体を抱きしめるようにその背に腕を回した。 そのまま一頻り抱き合った後、奪うように唇を合わせてしまったのはもう殆ど無意識のような行動で。 視線が交わった後、瞳を閉じたのは土方のほうが先だったから、これは同意の上での行為だったのだと、恐らく銀時は言い切ることができる。 それに幸いにもそこから先の行為を強要するまでには理性を放棄していなかった自分を、誰にかは分からないが褒めてほしいとすら思った。 流石に、幾ら錯乱していたとしても超えてはならない一線の場所位は覚えていたらしい。 それでも、もっとしてほしい、と口吻をねだられ、それが例え覚えていなくとも恋人からの言葉だと思えば抗うことなど出来なかった。 「……ん、……よろ、ずや……、……ッ!」 そして、まるで夢に浮かされたかのような何度目かのキスの後、唐突に我に返ったらしい土方が慌てたように銀時の身体を突き放し身を竦ませた。 一体自分は今何をと混乱の境地にいるのか顔に困惑のみを浮かべたそんな土方の様子は本人には悪いが酷く可愛らしいと銀時の目には映ってしまう。 「……キス、いやだったか?」 そんな言葉を思わずかけてしまったのは完全な悪戯心で、まさか肯定など返ってくるとは思えない。 大方照れたように真っ赤になるか生理的嫌悪で真っ青になるかどちらかだろうと思い、後者であれば割と堪えるかもしれないと思いながら反応を待っていいると。 土方はソファの上を及び腰になりながらも顔を俯かせ、そして明らかに前者だろうと思われる顔色のまま意外にも首を横に振った。 そんな素直な反応を見れば、更にその先が見たくなってしまうのは男の性というもので。 「……じゃあ、またしてもいいか?」 次いで、今度はさすがに拒否されるだろうと覚悟の上で問いかけた言葉に、土方は数度迷うように目を彷徨わせ、だが散々迷った末にゆっくりと首を縦に振った。 「え、いや、別に無理に頷くことないぜ?」 置いてもらっている恩義か同情か過去への責任か、大方その辺りの感情から頷くことを選んだのでは、と思わず軽はずみな返事はしないほうがいいことを銀時は土方に諭そうとしたが。 「無理にじゃねぇし、同情でも、ねぇよ……」 「え、いや、そーなの?」 「別にキスくらい、すりゃいい。その代わり……お前のことが、知りたい」 「俺の?」 これまた意外な言葉が出てきたものだと、驚きながら己を指さす銀時に、土方はそうだと首を縦に振る。 「俺が、こんなになるまで惚れた奴が、どんな奴なのか興味が湧いたんだ。……話して聞かせろ、お前のこと」 自分の感情の振れ幅に驚いた故のことなのか、理由が正確には分からないが、土方が己の事を知りたいと思ってくれる事はとても嬉しかった。 「……いーよ」 だから、銀時は素直に頷くことを選んだ。 それに、真選組の副長であった土方は、今まで己の立場を慮り銀時の詳しい素性を聞くことを決してしては来なかった。 それは、その中には少なからず聞かなければ知らないふりをしておけた、二人にとっては都合の悪いだろう事実が含まれていた所為だ。 だが幸か不幸か土方はもう真選組ではないし、二人の間を隔てていた立場の壁ももうない。 ならば、この際話しておくのもいいかもしれない、と思った。 もし今後、土方の記憶が戻った時、銀時との会話の内容を覚えているかどうかはわからない。 ひょっとしたら話してしまった事を後悔する日が来るかもしれないけれど。 それでも、話しておきたいと考えたから、銀時は土方にずっと口にすることすら禁じていた事を伝えることにした。 そして、その後最後の発作が起こるまでの三日間。 銀時は土方と並んで座り、銀時の身の上話に時間を費やす事を日課にした。 きっと、その日がくればこの話も土方の中から消えてしまうのではないかという危惧はお互いの中に残っていたけれど。 それでも、銀時は話す事をやめなかったし、土方は問いかける事をやめなかった。 |