砂時計が落ちるまで 6







 うらぶれた連れ込み宿で朝まで熱を分けあい、二人がその日万事屋へと戻ったのは翌日の事だった。
 何かを察していたらしい子供たちは銀時にも土方にも朝帰りの理由を問うことはなく、銀時もそのことには触れずただ端的に、二人へと土方の病が現状治る見込みのないものだったことを伝えた。
 連絡は松本や真選組の面子にも伝えられ、だが不治というのは現時点で治療法が見つかっていないだけで、現に夢獏の天人にとっては完治して当たり前の病であることも伝えた。
 だから、引き続き万事屋で静養を続けさせてほしいと近藤に頭を下げた銀時に、近藤もそういうことならばむしろ坂本からの連絡をすぐに受けられる場所に居たほうがいいだろうと土方の万事屋への滞在は継続している。
 事情を鑑み、江戸を離れて静養してはどうだという意見も出たが、土方が少しでも今までの記憶に近い場所にいたいのだと訴え、最終的には当人である土方の意見が優先された。
 現時点で、土方の病が治る見込みはないという結論は、一つの事実として抗いがたく存在している。
 だが、それは治療法が『存在しない』のではなく『見つかっていない』のだ、と。
 結局二人の中で折り合いが付けられるぎりぎりの妥協点が、そこだった。
 そしてそう折り合いをつけたからこそ、土方は万事屋に残るという選択肢を撰ぶ権利を得たといっていい。
 逆を言えばそう言い聞かせでもしなければ、土方はこの場に留まってはくれなかっただろう。
 病の完治を諦めることは、土方にとって真選組への復帰を諦めることと同意だ。
 それは、土方にとっては死よりも辛い選択だろう。
 幸いというべきか、原田を忘れた時に土方を襲った意識を失うような頭痛は、まだ再び起きていない。
 だが、いつ起こるとも限らない以上、油断は出来ないと、銀時は前より一層土方の体調管理に気を使った。
 そうして、漸く生活がある一定のリズムを刻めるようになる頃には、坂本の会合から二週間程が経過していた。
「……よし、こんなもんか」
 鍋から素朴な香りを漂わせる鰹だしに、銀時は満足そうに中から鰹節を取り出す。
 土方の食欲は、予想出来たこととはいえ乏しくなる一方だった。
 それは、仕方がないとわかっていてもそれで済ませられる問題ではない。
 せめて健康でいなければ、なにか治療の手立てが見つかった時体力が追いつかないかもしれない。
 それでは困るだろうと、銀時は土方にそう言い聞かせ、なんとか一日三食、この際むしろマヨてんこ盛りにしても構わないからなにか食べろと土方をせっついてきた。
 結果、元々銀時の料理が土方の口に合っていたのが功を奏し、まったく手を付けないといった事態は漸くなくなったが、それでも以前に比べればその量は確実に減っている。
 外で走り回っていた時と同じ量食べられるわけがないのだから、これで普通だと土方は笑ったが、それが言い訳であることは銀時も、そして恐らく土方本人もわかっているだろう。
 火から下ろしたかつおだしの鍋に布をかけ、銀時は土方に夕食のリクエストでもさせてみようかと土方のいる和室に向かった。
 万事屋に滞在している間、土方はそこを銀時とともに私室として使用している。
 ぺたぺたと素足で応接間を通り抜け、和室に続くふすまに指を引っ掛けてゆっくりと開いた。
 こちらに背を向け、土方は部屋の中に置かれた文机に向かっている。
 それは、土方が使い慣れているから、という理由で屯所からこの万事屋へと持ち込まれた数少ない土方の私物の一つだ。
 山崎から和綴じを受け取ったあの日から、土方は折を見てはその文机に向かい、書物を日課にしているようだった。
「何書いてんだ?」
 また、今日や過去のの出来事を綴る日記だろうかと。
 後ろから控えめに声を掛けると、銀時が襖を開けた事は気付いていたのだろう。
 土方が筆を止め、一度こちらに振り返る。
 その手元を覗きこみ、銀時は文机の上和綴じ以外の意外な物を見つけた。
 それはどうやら、土方が屯所から持ちだした隊士名簿のようで。
 土方はその名簿に書かれている名前を、もう一つの和綴じへ書き写しているようだった。
「……何、やってんだ?」
 なんとなく、土方がしていることに予想はついたが、あえて問いかけた。
 そんな銀時の心中を察しているのか、土方は曖昧に笑う。
「今、どんくれぇの奴を忘れちまっているか、後学のために目に見えたほうがいいだろ」
 こうして、いつ忘れたか整理してんだ、と土方は指を名簿に滑らせる。
 記名された名前の前に数人、墨で文頭に日付が書き込まれている隊士がいる。
 そして、和綴じの開かれたページの右上には今日の日付が入っており、既に三人ほどの名前がそこに書き写されていた。
「日付が入ってねぇのに、今日には名前や顔がわからねぇ奴を、一日ごとに書き出してる。こうすりゃ、ちっとはなんかわかるかと思ってよ」
「……法則とか、ありそうか」
「まったく。あぁ、でも痛みが強ぇ時はやっぱり数が多いかもな。偏頭痛みてぇにずっと痛ぇ時もあっから、信憑性は謎だけど」
 まぁ、やらねぇよりはいいだろと目を伏せる土方に、銀時はそうだな、と頷いた。
 何か目的がある、というだけで人間は生きる気力を得る。
 どんな小さな事でも、土方がしたいと思ったことはさせてやりたかった。
「何か、用だったか?」
 夕食の準備をしてくると先程ここを後にした銀時の言葉を覚えていたのか、和室に来た理由をとう土方に銀時は頷いた。
「あぁ。夕食何食いたいかなって。鰹だしとったから、うどんか蕎麦か。あ、素麺でもいいぞ」
 柔らかく煮て食べやすくすれば、麺類なら入りやすいだろうと告げると、土方は口を噤む。
 食べ物の話をあまり好まないことは知っているが、せめて本人が少しでも食べる気があるものを出してやりたかった。
 少しの間なんと答えようかと悩むように土方は視線を彷徨わせていたが、食べたくないという返答を銀時が受け付けないことはいい加減わかってきているのだろう。
「……じゃあ、うどん」
 控えめに、それでも料理名を答えてくれる土方に少しばかりほっとする。
 どうしても食べたくないと、焦燥とした様子で首を振られたことを思えば随分な進歩だ。
「了解。神楽達帰ったら、直ぐに用意すっからよ」
 嬉しそうに返事をする銀時に、土方が頷く。
「応」
 その声音に覇気がないことにも、もういい加減慣れなければいけないのかもしれないと、銀時は胸中で溜息を吐いた。
 ちなみに、神楽と新八は、昼過ぎからお得意さんからの依頼で猫探しに出ている。
 現状、突然銀時を忘れてもまだ錯乱するほど取り乱す事は殆ど無いだろうという土方の弁に一応筋は通っており。
 だが勿論銀時はこの場に残るという前提で、銀時は子供達だけで熟せる依頼に関してはできるだけ受けていくよう土方と相談をした上で決めた。
 幸い、後半刻もしない内に二人共帰るだろう。
 どうしてもこの場を離れたがらない銀時に、少し過保護がすぎると土方は笑ったが、過ぎる事を笑っていられるくらいが丁度いいのだと、銀時自身はそう考えていた。
 一歩間違えば、何もかもが取り返しがつかないのだ。
 土方を失わずに済むのならば過保護だろうが過干渉だろうがなんとでも言えばいいという銀時に、土方はただ申し訳なさそうに目を伏せ、小さくすまねぇな、と謝った。
 土方が悪い事など、何一つないのに。
 本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろうと溜息をつく銀時の前で、また不意に、土方がこめかみを抑えた。
 流石にそろそろ慌てることはなくなった。
 恐らくこの動作は『いつも』の方だろう、と。
 十秒ほどの間額を抑え、土方がそっと顔を上げる。
「……また、名簿の見直しだ」
 そういって口角を上げる顔に胸が絞られるような心地がする。
 だが、衝動的にその身体を抱きしめそうになった銀時の指先が動くのとほぼ同時に、玄関の引き戸が開く音が聞こえた。
「ただいまヨー」
 次いで神楽の明るい声ととたとたと廊下を走る音が響けば、流石にそれ以上動作を続ける事は出来ずに。
 銀時は拳を握りしめて衝動を耐え、そのまま動作の流れで畳の上へと立ち上がった。
「か、帰ったみてぇだな」
「……あぁ」
「じゃあ、飯の準備すっか」
 きっとあいつら腹空かせてるぜ、と。
 立ち上がって踵を返す銀時の後を追うように、土方もその場へと立ち上がった。
「なんか、手伝う」
「え? ……あー、じゃあ、皿並べてくれるか?」
 一瞬休んでいろと告げそうになった言葉を、銀時は慌てて飲み込んだ。
 本当にまずいと銀時が判断した時以外、土方を必要以上に病人のようには扱わない。
 それは、ここに滞在する間守ってほしいと土方から出された条件の一つだった。
 実際、土方自身が変調を感じていない時まで始終腫れ物を触るように扱われれば、それだけでストレスを感じるだろう事は理解できる。
 本音を言えば床に付していてほしい所だが、自覚症状もないのに寝ていろと言われても困るだろう。
 今後、もし我慢できない痛みが続くような事態になれば、その時改めて考えればいいと、銀時は土方を促して台所に向かった。
 余談だが、屯所での上げ膳据え膳暮らしの弊害か土方は料理その他家事全般が殆どできない。
 だから実際、食事の準備で土方に手伝えることといえば、皿を並べるかお茶を淹れるか、『その鍋沸騰したら教えて』、程度の簡単な見張りくらいなものである。
 それでも、不謹慎とはいえ土方とこうして食卓を共に出来る時間は、銀時にとっては紛れもなく幸せな時間だった。
 これで土方が病気になどかかっていなければ、と思うが、そもそも土方が病気でなければここに長時間滞在している訳がないのだという無限ループに陥って、思考がそこで止まる。
 いつか、こんな事態でなくてもこんなふうに一緒に暮らせたらいい。
 それは、遠くない未来口に出してきちんと告げたいと考えている、紛れも無い銀時の本音だった。
 そのためには、土方には完治してもらわなければ話が始まらない。
 そのための今の頼みの綱が坂本と松本の人脈だけというのも、なんとも他力本願で情けない話だが、銀時にはこれ以上、何かできる手立ては残っていなかった。
 何より素人が下手に動いた所で情報収集の邪魔になるだけだろう。
 今の己の仕事は、土方を『守る』事。
 それだけを考えていればいいのだと、銀時はもう一度気持ちを立て直した。
「そっからどんぶり四つ出して、あとこの布巾であっちのテーブル拭いといてくれるか?」
 棚から取り出した台拭きを濡らして手渡せば、土方は分かった、と頷き食器棚の方へと向かった。
 その間に鍋に湯を沸かしうどんをゆがく用意をしていると、土方がどんぶりを四つ、銀時の脇へと置いてくれる。
「じゃあ、机拭いてくる」
「おー。あ、ついでに箸も出しといてくれな」
「応」
 頷き踵を返す土方を横目に、うどんを鍋の中へと放り込む。
 居間からは新八や神楽と談笑するような土方の声が聞こえ、先ほどの頭痛の違和感も収まったのだろう土方にほっと胸を撫でろした。
 正直、あまり有難くない話だが、慣れもあるだろう。
 頭痛に対する土方の動作は、日に日に耐えるものから慣れを見せるような仕草に変わっていった。
 願わくば、原田の時のような頭痛はもう起こってほしくない、と。
 だが、そんな事をぼんやりと空想した直後、居間の空気が不穏なものへと変わった。

「――土方さん!!」

 何かが床に倒れる音と共に、新八の叫びが上がる。
 次いでけたたましい足音と共に、神楽が台所に飛び込んできた。
 瞬間、いつ来るかと恐れていた事態が現実になった事を悟る。
「銀ちゃん大変アル! マヨラが、マヨラが……!!」
「大丈夫だ。落ち着け」
 症状は聞いていたものの、実際それを目の当たりにすれば子供二人は混乱して当然だろう。
 コンロの火を消し、銀時は早くと腕を引っ張る神楽に連れられ早足で廊下に出た。
「土方!」
 居間に飛び込みその姿を探せば、テーブルのすぐ脇で新八が真っ青な顔で腕を宙に彷徨わせている。
 その足元では、既に意識を無くしているのだろう、土方が事切れたような顔色で床に身を預けていた。
「土方……!」
 倒れこんだその身を腕の中に起こし、念のため脈と呼吸を確認する。
 多少乱れは見られるがどちらも問題ないことを確認し、ほっと息をついた銀時は子供たちを見上げた。
「神楽、俺の部屋に客用の布団引いてくれ」
「わかったアル!」
「新八は、この前話した通り屯所と先生の携帯に連絡入れろ。番号は引き出しの一番上に入ってっから」
「わ、わかりました。えっと、二回目だって言えばいいですよね」
「あぁ、誰忘れてっかは、また分かったら連絡するって言え」
「はい!」
 酷く驚いただろうに、それでもきちんと言ったことをこなしてくれる子供たちに感謝し、銀時は土方に向き直った。
 もう一度口元に耳を寄せ、呼吸の幅を確認する。
 耳に当たる僅かな息と呼吸音を聞き取り、乱れの少ないその吐息に6息を吐いた銀時は土方の身体を腕の中へと抱き上げた。
「銀ちゃん、出来たアル」
「おう、ありがとな」
 後ろで新八が黒電話を回し、恐らく山崎と話しているのだろう声を聞きながら、銀時は抱き上げた土方の身体を私室へと運び込んだ。
 敷かれた布団の上にゆっくりとその身体を寝かせると、神楽がその上に掛け布団をかけてくれる。
 神楽なりに、土方のことを本気で心配しているのだろう。
 その目に浮かぶ不安げな色に、銀時は神楽の頭を数度撫でた。
「心配すんな、死ぬこたねぇよ。多分、暫くすれば起きっから」
「でも、マヨラ、銀ちゃんのこと……」
「……さー、どうだろうな……」
 目が覚めた時、土方が銀時のことを覚えている保証などどこにもない。
 だからといって、他の誰かだったらいいなどということは絶対に口にできない。
 苦しげな顔のまま意識を失った土方の眉間をなぞるように撫でていると、電話を終えたらしい新八が私室の襖を開けた。
「銀さん、連絡終わりました。屯所の方は山崎さんに伝えて、松本先生は一時間ほどでこちらに来ていただけるそうです」
「そうか」
 意識喪失の際、昏倒で何処かを痛めている可能性や度重なる痛みで体内に異常を来す可能性もある。
 そのため、以前のような強い痛みで倒れた時に限り、松本が往診に訪れてくれる手筈になっていた。
「……倒れた時、頭打ったりしたか?」
 念のため、土方がどんな状態で意識を失ったか問う銀時に、新八は土方の方を心配気に見ながらも、首を振った。
「いえ、頭を急に抑えた後、前かがみに膝を付いて、それから横向きに倒れました。……僕、混乱して、手を出していいのかわからなくて」
「それはいい。驚いたろ」
「……はい。すみません」
 もう一度本当にすまなそうに頭を下げる新八に、気にするなと手を振ってやる。
 そうして、銀時は再度土方に向き直った。
 坂本の資料に寄れば、ある一定周期でおこる痛みによって引き起こされる記憶の喪失は、主に患者と特に親しい人間を忘れやすい傾向にある、らしい。
 前回の発作で原田を忘れたという事象もそれを思えばさもありなんだが、もしそうならば今後忘れていく人間は原田よりもより、土方に近しい人間という解釈でいいのだろうか、と思う。
 もしその仮説が正しければ、その人物はかなり絞られてくる。
 真選組の幹部の誰かである可能性が一番高く、また同じくらい確率が高いのは言わずもがな、銀時だ。
 完全に運頼みだが、出来れば己の忘却はもう少し遅くあって欲しい。
 勿論、忘れずにいてくれるのならばそれが一番いいのだけれど。
 今までの土方の様子を鑑みれば、それが期待の薄い望みであることは、わかっていた。







「……特に、異常はないようだね」
 聴診器を胸にあて終えた松本は、土方の身体をひと通り検診した後そう告げる。
 開いた胸元を着流して再び覆い、銀時は土方の身体にもう一度布団をかけた。
「後は、意識が戻らないことにはなんとも言えないが」
「そう、ですね」
 取り敢えず目立った初見はないと首を振る松本にほっと胸をなでおろし、銀時は気を失っている土方の姿を見つめる。
 電話の通り土方が倒れてから一時間ほどで、松本が往診のため万事屋を訪れた。
 子供たちには、土方は己が見ているから一先ず飯を食ってこい、と部屋から出している。
 今も診察の邪魔にならないようにと居間で待っていてくれているようだった。
 気を失った土方の表情は、先程よりはだいぶ穏やかなそれに変わっている。
 それでも顔色は悪く、部屋を暖めたほうがいいのだろうか、などとと考えていると、不意に長い睫毛が僅かに揺れた。
 そして、小さな呻きとともに、土方が目を開く。
 双眸は暫し光を宿さない形で揺らぎ、次第に意識が覚醒したのか瞳に光が入った。
「土方君、わかるかい?」
 その瞳を覗きこむように、松本が問いかける。
「……松本、先生……」
 ぽつ、と呟く言葉に一先ず松本のことを覚えていることに安堵し、次いで松本が指で銀時の方を示した。
「彼が、誰かわかるかい?」
 指動きを追うように、土方の瞳が銀時の方を向く。
 その烏羽色の瞳に銀時の姿が写り、直後、その色に銀時を思う熱が混じったのを、銀時ははっきりと見た。
「万事屋……」
 次いで告げられた己を意味するその言葉に、深く、安堵する。
「覚えてんだな」
「あぁ、……覚えてる」
 ちゃんと、と頷く土方に、この分でははっきりとした銀時の記憶があるのだろうと再度胸を撫で下ろした。
「では、真選組の誰かかな」
「そうだと思います。……流石に、いきなり近藤って事はないと思いたいというか」
「近藤さんだろ、覚えてるよ」
「じゃあ、沖田くんか、山崎くんか……」
「ヤマザキ?」
 不意に、土方の声音に疑惑が交じる。
 その疑惑のもとに、松本と銀時が同時に息を呑んだ。
「……ジミーかよ」
 思わず呟いてしまった言葉に、土方はますます不思議そうな顔をした。
「ジミー? ……外来の天人か?」
「いや、違う。ただのあだな。ジミー……山崎ってのは、お前の直属の部下だよ。監察の」
 ヤマザキ、と土方はもう一度何かを思い出すように名前を繰り返したが、やはり記憶が失われてしまっているのか首を横に振った。
「駄目だ、わかんねぇ……、……付き合い長いのか?」
「あぁ。お前の良き理解者っつーの? っていうか半分くらい便利屋かパシリみたいな印象だったけど」
「便利屋……パシリ……」
 そんな人間が自分にいたのかと眉を顰める土方の様子に、本当に覚えていないのかとため息が漏れる。
「監察って、局長じゃなくて副長管轄なんだって、前にテメェが言ってたぜ。山崎はそこの……えーっと、なんつったっけ」
 確かにあんなでもきちんとした役職を持っているような話を前に聞いたことがあったのだが、いかんせん何だったかを咄嗟には思い出せずに。
  なんと言ったかと記憶を探っている銀時の横から、松本が助け舟を出してくれた。
「確か伍長のはずだよ、彼は」
「そうそう、それ、です」
 松本の言葉への相槌に中途半端な敬語になれば、松本が思わずといったように少しだけ顔を緩めた。
「監察はわかる。そこの……伍長……」
 再び記憶の糸を探るように土方が口元に手をやるが、その様子からはやはり記憶からその『伍長』が誰だったかを思い出す事は出来なかったようで。
 銀時は土方が文机の上に置きっぱなしにしていた隊士名簿を手に取り、閉じられた履歴書の中から山崎のページを選び出した。
 そのページを開いたまま、銀時はファイルを土方に手渡す。
 山崎退、と名前の書かれた履歴書に貼られた写真を見ても、思い出すことは出来ないのか、土方は目を伏せ首を振った。
「だめだ、わかんねぇ」
「そっか。……じゃあ、俺は屯所に連絡入れてくっから……」
「あぁ、その間に問診をしておくよ」
 チラと、松本に視線を投げた銀時に頷く松本に会釈をし、銀時はその場から踵を返す。
 どこか不調を感じないか、と土方に問いかける松本の言葉を背中に聞きながら、銀時は私室を出て襖を閉めた。
「銀ちゃん!」
「銀さん、土方さんは……!」
 途端、不安げな顔をして駆け寄ってくる二人に、この距離ならば声は聞こえていたのだろうと銀時は溜息を付く。
「……聞いてたか?」
 問いかければ、二人は控えめに顔を見合わせ、コクリと頷いた。
「じゃあ、電話してくっから、ちょっと待ってろ」
 二人の頭を撫でるように叩けば、進路を開けるように子供達が脇に寄る。
 銀時はそのまま机の上に置かれた黒電話の受話器を取り、先程新八が置きっぱなしにしたのだろう紙に書かれた携帯番号を回した。
 この番号は土方の容態連絡用にと山崎が契約したもので、必ず幹部の誰かが常に出られる状態で持ち歩く事になっている。
 基本的には山崎が持っている事が多く、案の定三コールまたずに受話器の向こうから聞こえたのは山崎の声だった。
『はい、山崎です』
「俺だ。さっき、副長サンが目覚ましたぜ」
『そうですか。では……』
 誰を、と告げる山崎の声に、なぜかこの男はもう判っているのではないかという疑惑が生じた。
 己の声音に何か予感でもしたのだろうか。
 だとすれば、確かに監察という地位に見合った鋭さはあると、そう感じる。
「……お前だったよ」
『そうですか』
「驚かねぇのな」
『はぁ、まぁ……遅かれ早かれですから』
 覚悟はしてました、と呟くその声には確かに焦燥感が混じり、僅かに胸に針が刺さったような痛みを覚える。
 覚悟なんて、していた所で平気なはずはないだろう。
 口でなんと鬱陶しいと溜息をつこうとも、山崎が土方を無二の上司として尊敬している事を知らぬものはいない。
 それは、土方が監察として山崎と山崎の得た情報に絶対の信頼を置いているからこそ成り立つ忠誠だ。
 過去、伊藤の謀反の際真っ先に抹殺が遂行されたのも山崎であり、それは山崎が伊藤の言うところの絶対的な『土方派』だったからに他ならない。
 口でどうこう言って取り込める人材ではなく、また取り込まなければ危険であると、そう判断されたのだろう。
「とりあえず容態は安定してっから、そのへんは安心しとけ」
『わかりました。近いうちまた、食材持ってお伺いしますんで」
「あぁ。じゃあ、またなんかあったら、連絡するわ」
『お願いします。局長と隊長には、俺から伝えておきますね』
「おー、頼んだ」
 それでは、という短い言葉の後電話は切れて、銀時はモノ言わぬようになった受話器を戻す。
 黒電話の前で一度ため息を吐き、銀時は踵を返した。
 途中、不安げな表情を見せる子供達に大丈夫だと仕草で伝え、私室へと戻る。
 襖を閉めた銀時の姿に、松本と土方の視線がこちらへと向けられた。
「丁度よかった。今、丁度問診を終えたところだよ。今日はこれを」
 そう言って、布団の脇に腰掛けた銀時と土方の方へ、松本が鞄の中から取り出した薬袋を手渡した。
 受け取ったそれの表書きには、『特別処方薬』と印が打たれている。
「これは……?」
 中身は何の薬かと問いかける土方に、松本はカルテを鞄に仕舞いながら答えた。
「先日の坂田さんのお話で、頻発する頭痛は市販の頭痛薬でも抑えることが可能だと言う点が気になってね。その時に聞いた痛みの症状に合うよう、鎮痛剤を用意してきた。効くといいんだが……」
 いかんせん、頭痛の原因が原因だけに、効果がある保証はできないと松本は首を振る。
 そもそも『市販の頭痛薬』、というのはあくまで夢獏星で市販されているものの事を指すのだから、こちらでいう一般的な頭痛薬とは成分もなにも全て違うだろう。
 だが、もし少しでも痛みが軽減出来れば土方の療養はずっと楽になるはずだ、と。
 手渡された錠剤を見つめ、土方は松本に頭を下げた。
「ありがとうございます。結果はまた、ご連絡します」
「あぁ、頼んだよ。……何か他に聞いておきたいことはあるかい?」
「俺は、今ンとこ平気です。……土方は?」
 自分と違い、自由に外に出歩くことが制限されている土方に、聞いておきたいことがあればいい機会だと問いかけたが、土方は少し考えるような仕草をした後、首を左右に振った。
「いえ、大丈夫です。……その、なにか気づいたらまた」
 助けていただくと思います、と告げる土方に、松本は頷く。
「あぁ。知っていると思うが、坂田さんに私の直通の携帯番号を渡してあるから、何かあったら直ぐに電話してくるといい」
「はい、ありがとうございます」
 布団に臥せったままの姿勢で少しだけ首を倒す土方に、松本は笑みを返しその場に立ち上がる。
 そのまま踵を返し玄関に向かう松本を、銀時は一応見送るべきだろうと玄関までその後を追った。









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