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ひょっとしたら、二度目は起こらないのではないか、なんて。 随分と都合のいい夢を描いていたものだと、土方は布団に身を預けたまま溜息を吐いた。 万事屋に療養と称して身を寄せてから三週間ほどが立ち、穏やかとはいえないまでも原田の時のような意識を失う頭痛が起きるような予兆は土方には感じられなかった。 だから、ひょっとしたら、なんて思ってしまったのだ、不覚にも。 だが、その願いは驚くほどあっさりと崩れ去った。 己の中から、大事な部下一人の記憶を連れて、まるでガラスのように粉々に砕けて、消えてしまった。 松本が病院へと戻った後、土方は銀時や万事屋の子供達から『山崎退』という名の忘れてしまった部下の話を聞いた。 容姿や性格に加え、仕事において土方がどれだけ山崎を信頼していたかや、存在自体が地味であることからジミーという本人にしてみれば溜まったものではない(と、土方は聞いていて感じた)あだなで呼ばれていることなど。 だがやはり、どんなに頑張っても土方の脳内にその影の痕跡は見つからない。 まるで初めから、そんな人間の記憶などなかったかのようで、土方自身何度も本当にその部下と己が知り合いだったのかと問おうとして、その言葉を飲み込んでいる。 それが今この場において、一番口にしてはいけない言葉であることぐらい、理解っていた。 己と、山崎は、信頼し合った上司と部下である。 それは、腑に落ちずとも己に納得させなければいけない純然たる事実だ。 今この場において最も信用してはならないのは、土方自身の記憶なのだから。 「……眠れねぇの……?」 ごそり、と布団の中で何度目かの寝返りをうつと、丁度背後になった位置から銀時の声が聞こえた。 声の方へと再度身体を反転させると、こちらをまっすぐに見やる銀時の目線と己のそれが交わる。 その様子から今起きたような気配は感じなかったが、土方は念のため問うた。 「……悪ぃ、起こしたか?」 「いや、俺もなんか……寝付けなくてさ」 だから大丈夫だという銀時に、だが結果的に土方が眠れていないから、銀時が眠る事ができないのではないかと不安が襲う。 しかしそれをここで言っても、きっと銀時は笑って肯定などしてくれないだろうと、そう思って。 「……、なー土方」 「なんだ」 「入る?」 言葉は、銀時が寝ている布団の裾をほんの少し持ち上げるのと同時に問いかけられた。 だが、今夜は二人きりではないし、下世話な話だがそういった情事に身を沈められる状況でもない。 それでも、身体が無意識にそちらへと向かってしまったのは、ほんの少し、寒かった所為だと。 土方は自分にくだらない言い訳をしながら、30cm程度離して敷かれている銀時の布団の方へと、身体を寄せた。 銀時の体温で温まった布団の中は、じんわりとぬくい。 その中で更に暖まった銀時の両腕が土方の身体をしっかりと抱きしめ、その感触に身体が酷く安心しているのがわかった。 「あー寒かった。これでちょっとは安眠できんじゃねぇの」 「……俺は湯たんぽじゃねぇっつの……」 あったけぇ、と土方の身体を撫でながら告げる銀時の言葉が、全て本心ではないことぐらい理解っている。 部屋の明かりが落ちると不安が襲い、寝て起きたら次は何を忘れているのかわからない恐怖が襲う。 眠った瞬間、銀時の記憶を失ってしまうかもしれない。 真選組の事が、わからなくなってしまうかもしれない。 そんな疑念に苛まれ、目を閉じることを怖がっている己の心情に、銀時は十中八九気づいているだろう。 ここ最近は特に目に見えて眠りが浅くなり、ほんの少しの物音で目を覚ましては、また再び寝るまでに時間を要する。 そんな風にして隣で身じろいでいれば、この敏い男が目を覚まさないはずがない。 じっとして、目を閉じていれば眠くなるのではと思ったが、己の心臓の音が煩くてそれに意識が集中してしまい、その心音の速さに余計不安が募るという悪循環に苛まれていた。 銀時も己があまり甘やかされることを好まないのは知っていて、土方が自分でどうにかするまではと今日で放っておいてくれたのだと思う。 しかし今日、二度目の発作が起きたことでやはり放って置けなくなってしまったのだろう。 お人好しで優しすぎる男だから、きっとずっと、心配してくれていたに違いない。 それほどまでに、土方自身の睡眠は到底日常生活をする上で足りているとは言えないものだった。 だが、今は銀時の腕があるという、たったそれだけで妙に気持ちが落ち着いている。 現金なものだと思った直後から、急に身体が眠気で重くなった。 「……おやすみ」 頭を撫でる少しだけ骨ばった指が、心地いい。 今日はこのまま、朝まで眠れるだろうか。 だが、もしこの腕がなければだめになってしまったら、銀時の記憶を失った時、己はどうなってしまうのだろう。 そんな、考えてもどうしようもない事を考えながら、土方の身体は眠りへと落ちる。 夢は、見なかった。 * * * 何か、肌に生暖かいものが触れて、目が覚めた。 眠気眼に、そういえば昨日は銀時の布団に招き入れてもらいそこで眠った事を思い出し、まさか朝っぱらから手を出そうとしているのではないか、と疑惑がよぎる。 思えば触れた感触は舌のそれだったように感じ、こんな時間から何を考えているのかと目を開けて。 「……ぅ……」 あまりの衝撃に、思わず息を呑んだ。 眼前いっぱいに、巨大な犬の顔がある。 それも遠近法ででかくみえるとかそういう問題ではなく、紛れもなくそれは、人間とよく似た背丈ほどがあると余裕に推察することができる、大きさで。 「ぅ、うわぁあああああ!!」 思わず叫び声を上げ跳ね起き枕元の刀を構えようとした土方の身体は、その叫び声でほぼ同時に跳ね起きたらしい銀時の腕へと半強制的に引き寄せられた。 自分を庇うように抱き寄せ条件反射のように布団の脇に置かれた木刀を引っ掴んだ銀時がその切っ先を対象に向けようとした直後。 わふ、と犬がまるで何が起こっているのかわからない、という顔で首を傾げ、同時に銀時の腕の力がふっと緩んだ。 「……んだ、定春じゃねぇか……、寝ぼけたのか?」 大層な叫び声上げやがって、と頭を掻く銀時に、だが土方にはなぜ銀時がそんなに冷静になったのかが、理解できない。 思わずその巨大な生き物と銀時を交互にみやり、怖怖とその犬と思しき生物を指で指す。 「し、知ってんのか? この犬……」 大きさからして、どう考えても堅気の犬ではないだろうと思いながら、恐る恐る目の前の巨大犬を示す土方の仕草に、不意に、銀時の反応が変わった。 そしてその反応に、土方の中で眠気で忘れていたある疑惑がよぎる。 まさか。 「……んー、……朝からうるさいアル……」 次いで、眠気を抑えたような少女の声がして、目の前の襖がすっと開いた。 視線を向ければそこに、可愛らしいパジャマを身につけた赤い髪の少女が、目を擦っていて。 「………、子供?」 なぜ万事屋に、子供がいるのだろう、と。 反射的にそう思ってしまい、だがその思考そのものが信用してはいけないものなのだと、どこかで警鐘がなっている。 現に己の呟きを聞いた銀時の顔色が、目に見えて悪くなっていくのを土方ははっきりと視認することが出来てしまった。 これは、つまり、恐らく。 「……土方、……お前、この犬と子供が誰か、わかんねぇのか?」 銀時のどこか震えた声の問いかけに、土方はもう一度、改めて脇に座る巨大な白い犬と少女の姿を目に映した。 だが、その存在についての記憶を、己の中から見つけることができない。 どんなにがんばってもどうしても、思い出すことが出来ずに。 「……すまねぇ、……わかんねぇ」 ぽつり、と呟いた言葉にそれまで何が起こっているのかと不満そうな顔をしていた少女の顔つきが、変わった。 「……マヨラ?」 「えー、っと……、悪い」 名前を教えてくれ、と言おうとして、今そんな無神経とも取られる事を聞いていいのだろうかと口を閉ざす土方の横で、銀時が少女に向かって、左右に首を振るのがわかる。 その仕草に目の端で、少女の顔が目に見えて驚きと、寂しさで歪んだ。 やはり、間違いない。 また、忘れてしまったのだ、自分は。 重い足音が近づいたのを感じ脇を見あげると、己が座った目の高さよりだいぶ高い位置に腰を下ろした巨大な犬の目線と交わる。 思わず身を強張らせた土方に、犬は土方に目線を合わせるようにその場に伏せ、くぅん、と寂しそうに鳴いた。 だが、そんなせつなそうな声をされても、この犬が自分にとってどんな存在だったのか、思い出せない。 「……悪ぃ……お前も、俺を知ってるのか?」 恐る恐る、だがきっと噛み付かれたりすることはないだろうことだけはわかって、そっとその頭を撫でる。 そんな犬に寄り添うように、少女が犬に駆け寄り、腰を下ろした。 「……お前、定春のこと、わかんないアルか?」 「さだはる……」 状況から言って、それがこの目の前に鎮座した犬の名前なのだということは分かる。 「……定春?」 もう一度名前を読んで頭を撫でてみれば、定春が短く鳴いた。 だが、尻尾を振る仕草もどこか元気がなく、恐らく定春にも己の様子が某かでおかしいことは、伝わっているのだろう。 「神楽がアウトってこたぁ……、……土方、新八は分かるか? 志村新八」 こういう、メガネかけた十六歳くらいの、と指で輪を作って眼鏡の形を作る銀時に、問いかけられた名前を記憶の中に探す。 すると、記憶の中に薄ぼんやり、なんとなくそんな少年が居たような影を見つけた。 が、それが志村新八のことなのかどうか、判断がつかない。 「……なんと、なく? ……いや、でもわかんねぇ。なんか、眼鏡に見覚えはあるんだけどよ」 確信は持てない、と首を振れば、ほぼアウトだなと銀時が溜息を吐いた。 「新八と神楽は、俺と一緒に万事屋をやってる。で、定春はうちの飼い犬だ。多分、その新八は後もう暫くすればここに来ると思うけど、……一応会っとくか?」 強制はしないけれど、と言葉を足す銀時に、土方は首を振った。 「いや、会うよ。せめて顔だけでも、もう一回覚えておきてぇ、し……」 今の自分には、そんなことしかすることは出来ないから、と告げる土方に銀時が頷いたのとほぼ同時に、表で玄関の扉が開く音が聞こえた。 おはようございまーす、と告げるその声は明るく、足音はまっすぐにこの居室へと向かっている。 その無邪気な声に、土方の心中がずき、と痛みを発した。 居間のガラス戸が開く音がして、次いで勝手知ったる手つきで、戸惑いなく、目の前の襖が開かれる。 麩の向こう側に見えたその顔に、あぁ、やはりその眼鏡をかけた顔は薄ぼんやりと見覚えがある、と思って。 「あれ? どうしたんですか。朝から皆でこんな所にあつま、……」 って、と言葉を最後まで続ける前に、青年はそれに気付いたのか、言葉を切った。 恐らく、己が青年のことをまるで探るような、知らないものを見るような目つきで見ていたことに気付いたのだろう。 「……土方、さん?」 まさか、と新八が目を見開く。 「……えーっと、……眼鏡」 「志村新八です」 だけは記憶に薄ぼんやり、と言葉を繋げる前に名前を告げることで遮られ、ひょっとしてあまり好まれない認識のされ方だったのだろうかと思う。 「志村、新八……」 口の中で数度、その名前を噛み砕くように繰り返し、目の前の顔と照合させる。 次いで神楽にも同じような事をして、とりあえず名前と顔だけでも再度知識として記憶を繋ぎとめようと努力した。 「えっと、銀さん……」 戸惑ったような新八の問いに、銀時が目の端で首を振る。 その仕草に、新八の口から短い息がふっと漏れた。 溜息に込められた感情は、恐らく落胆だろうと思い、いたたまれない気持ちで、下を向く。 そんな土方の仕草に、新八が慌てたようにその場に腰を落とし、土方と目線を合わせた。 「あの、土方さんのせいじゃないですから、……気に病まないでくださいね。僕は、志村新八。万事屋の従業員で、神楽ちゃんと二人で銀さんのお手伝いをしてます。よろしくお願いします」 「あ、……よろしく……?」 お願いします、でいいのだろうかと戸惑う土方に、新八はそんなに緊張しないで下さい、と笑った。 「大丈夫ですから。……さ、神楽ちゃん、着替えよう? 今日も、朝から仕事が入ってるし」 後半は、定春と共に座り込んでいる神楽を促すようにそう告げる新八の言葉に、押し黙ったままだった神楽が小さくこく、と頷いた。 「分かったアル、準備するネ」 おいで、定春、と。 神楽が言えば定春も小さく鳴いてからその場に腰を上げ、甘えるように土方の身体にそっと鼻先を擦りつけた。 こうしてみれば、図体がでかいだけで普通の犬と変わらないだろう、と多少無理矢理自分を納得させ、土方はまた多少ぎこちない手つきで、その鼻先を掌で撫でる。 あう、と鳴き声をあげた定春が名残惜しそうに踵を返し、神楽もそれに習って部屋から出た。 次いで部屋を出ようとした新八が、思い出したように銀時を振り返る。 「じゃあ、今日は増田さん家の猫を探した後、草むしりとお掃除をして、そのまま家に帰りますね」 「おー。気ぃつけろよ」 「はい。いってきます」 そう言って笑み、新八は軽く土方に会釈をしてから襖を閉めた。 襖の向こうから二人と一匹分の足音が、こちら側へと聞こえてくる。 「……気、使わせたかな」 平然を装いつつ、さり気なくこの場に銀時と己の二人だけを残してくれたのだろうとわかる言動に、土方がぽつりと呟く。 銀時の方も流石に土方が何も気付かないとは思わなかったのだろう。 溜息混じりに気にするな、といい、土方の頭を無造作に撫でる。 「あいつらだって、ここに居た以上は覚悟してただろ」 いつか、こうなってしまうことは最初から判っていたのだから、という銀時に、土方は項垂れた。 確かに銀時の言うことは最だ。 記憶の喪失に、例外は今のところ存在しない。 あの子供たちも、そして目の前の銀時も、沖田も、近藤も、恐らく遠くない未来、土方はその記憶を失っていくのだろう。 それは今現在において、避けようもない現実だ。 そしてその事態に、土方自身は何もすることが出来ない。 迂闊に外に出れば、恐らくそのほうが面倒を増やすのだろうということは、理解できる。 だが元来、土方は人にものを頼る事が酷く不得手で、慣れないと同時に、根本的にそういった事が好きではない。 寧ろなんでも自分の手で解決しなければ、気がすまないような性格だった。 だからこそ、今の状態はただ生活しているだけでなんとも言えないストレスを感じている。 勿論、だからといってわがままを言うつもりなどない、けれど。 喉に鉛球を飲み込んだような不快感はじわじわと、まるでもうひとつの病のように土方を内部から侵食していた。 「ヤマザキ、サガルか?」 「はい」 万事屋の子供達を送り出した、その午後の事。 食材の配達と称して土方の様子を見に訪れた山崎を、土方は銀時に頼み部屋の中まで招き入れた。 それは、己が信頼していた部下の顔を、自分の目できちんと確かめたかったという理由が半分で、もう半分は本人を見れば、ひょっとしたら思い出すのではないか、という僅かな期待。 だが、元々大したものでもなかったその期待はやはりあっさり破られ、それについて感傷に浸る事すら、既に馬鹿馬鹿しいような気がした。 唯一、理解できたことといえば。 「………地味、だな」 「な、ジミーだろ」 一昨日銀時から聞かされたそのあだなの由来が、大げさな比喩でも誂いでもでもない事が理解できた事位で。 「正直、なんてあだな付けんだよ気の毒に、って……思ってたんだが」 「いやこれはジミーだよ。ジミー以外の何物でもないよ」 「まぁ、確かに、地味……ジミー……」 「あの、張っ倒していいですか?」 本人を目の前にヒソヒソと会話を続ける二人に、流石に我慢も限界だったのだろう。 丁寧な口調ではあるが俺怒ってますよアピールをしてくる山崎の態度に、土方は慌てて態度を改めた。 「あ、いや。すまねぇ……えーっと、……ジミー?」 「山崎です!!」 アンタはそのあだな使ってませんから! と山崎が怒り半分、呆れ半分で訂正を入れてくる。 「わ、わかった……えーっと、山崎?」 だが、己が己の言葉でその名前を呼べば、山崎の態度が一瞬だけ怯む。 次いで、感情のあまり読めない言葉が、その口から滑り出た。 「……本当に、覚えていないんですね」 「あ?」 「俺の名前をそんな風に疑問形で呼ばれるなんて、想像したこともありませんでした。……あ、責めてるんじゃないですよ」 「あぁ、いや……」 責めているわけではない、と言われた以上、謝るのはどこか違うと感じる。 咄嗟に何と言っていいかわからず口を噤む土方に、すみません、と逆に山崎のほうが謝罪を口にした。 「……俺は、……旦那から聞いたかもしれませんが、副長の傍で監察として、部下として、恐らく一番近い場所で仕事をしていました。だから、……多分、局長や隊長と同じか、場合によってはそれ以上に、副長と接する機会が多い人間です」 「俺が、目をかけていたらしいな」 「目を、というか……、半分便利屋……いや、パシリかなぁ」 そのくだりは昨日既に聞いた、といいそうになり、一応口を噤んだ。 恐らく人から言われるのと自分で言うのとでは、受ける印象がまるで違うだろうから。 だが同時に、その認識が銀時と山崎という外部と内部の人間で共通しているということは、土方の山崎に対する扱いに外面的も内面的も無かったのだろう、という事がわかる。 まぁ、銀時に関しては過去の一件で、余りいいとはいえないが真選組の内情や己の人間関係についてもかなりの情報共有があった。 だから、銀時を『外面』と称していいかは、正直疑問もあったが、一応、外は外だろう、と。 「……不満は、なかったのか?」 そんな風に使われて、と。 つい問いかけたその言葉に、だが山崎はあっけらかんと笑った。 「ないと思います?」 「いや、……」 反語的に、ないわけがないだろうという結論を示唆してくる山崎に、確かに銀時から聞かされた己の山崎に対する接し方を鑑みれば、これで不満がない等と言われたら逆に気持ちが悪いと思えるほどのもので。 言葉を切る土方の態度に、山崎はすみません、とまるで前置きのように謝ってから、言葉を続けた。 「別にモラハラを許容してる訳じゃないですよ。俺Mじゃないですし、正直、これ俺が殴られんのおかしくね? って思う事も割と、ごくたまに結構頻繁にありますけど」 「よくあるんだな、要するに」 衝動的に、あ、こいつ殴りたい、と思ってしまった自分に、少しだけ驚く。 忘れていても深層心理が何かを記憶しているのだろうかと、そんな事を考えていると、山崎がそれでも、と呟いた。 「それでも、下にいるのは……何かしら部下の方にも事情があるってことですよ」 「事情?」 だが、次いでそう告げた山崎に土方は思わず身を乗り出す勢いで問いかけた、が。 「それは言えません。……副長に、言ったことはありませんから」 元々知らない情報ですからご心配なく、と言われても、そんな言い方をされては気になって仕方がない。 命令だと言えば、言うかもしれない。 寧ろ殴って白状させようかとも思ったが、今の自分にそれをする権利があるのだろうかとも思い。 結局、どうしたらいいかと土方は憮然と黙り込む。 そんな土方に、山崎ははっきりと告げた。 「だから、お約束します。副長が真選組に戻った時、それでもまだその理由に興味があったら……お話します」 「……本当だな」 「はい。俺は、副長の監察ですから。……副長に、嘘はつきません」 まぁ、プライベートでは知りませんけど、と付け足すその言葉があってこそ、その誓いのような言葉に重みが加わったような、気がして。 「……確かに、俺が目をかけてたようだな」 その評価に値する人間である、とこのほんの短い時間だけで、土方は目の前の監察からそれを感じた。 納得がいった、と腑に落ちたような顔をする土方の言葉に、地味な監察はただ笑って。 「ありがとうございます」 そう礼を告げ、また屯所へと戻っていった。 |