砂時計が落ちるまで 3








「土方くんの仕事が、幕臣や国を担う役目のお偉方さん達を相手取るものだったのか、幸いしたよ」
 松本が言うことには、土方から手渡されたリストに書かれた国々は松本が思っていたよりもずっとポピュラーで地球と繋がりが強い星ばかりで、それは前述のとおり、土方の護衛対象が幕臣や既に交流国である星を対象としたものがほとんどであった事に深く起因していた。
 そして、その中で地球の医療機関にまだその相互間からの情報提供が行き届いていないような星との接触はごく僅かであり、結果、病名までの特定は出来ないものの、星の特定はほぼできている、とのことだった。
「夢獏星、もしくは緑猿星。どちらも今年になって、他の星の天人の星繋ぎで縁が出来かけている星だ。土方君、覚えはあるかい?」
 この星と、どういった関わりを持ったか覚えているかと問われた土方は、少しだけ思い出すような仕草をした後、顔を上げた。
「どちらの星も、幕臣の護衛で赴きました。訪れた時期はほぼ一緒です。どちらも滞在期間は、一週間ほどだったと思います」
「向こうがこちらへ、ではなく、土方くんが赴いたんだね」
「はい」
「そうか……」
 そうなると、病状の特定には少し時間がかかるなと松本は項垂れた。
 理由は、聞かずとも銀時達素人にも理解はできた。
 もしその病が地球を訪れた天人によって齎されたものならば、病名の特定はかなり容易になるだろう。
 星外に持ちだすことのできる病は、潜伏期間を考えたとしてもそう多くはない。
 だが、土方がその星で病にかかったとすれば、その選択肢は瞬く間に広まってしまう。
「とにかく、今専門の機関を通じて二つの星に、似たような病気を発症した例がないかを調べさせている」
「あ、ありがとうございます」
「それは、どの程度かかるんですか?」
 情報提供までの期間はどのくらいなのかと、そう問いかける山崎に、松本は一瞬だけ言葉につまり、答えた。
「そうだね……早くても二、三ヶ月はかかるだろうと思っている」
「二三ヶ月!?」
 がたん、と椅子を引き倒す勢いで立ち上がったのは銀時で、だが他の人間も口には出さないものの同じ程度の衝撃を受けている事は伺えた。
 それは、となにかを言おうとした土方の言葉が、不自然に飲み込まれるのがわかる。
 その先に続くであろう言葉には、予想がついた。
 動揺と、焦りが、その顔には如実に浮かび、銀時はあまりに進展の遅いこの状況に募る苛立ちを必死に押し殺した。
 今ですら刻一刻と迫る事態に余談すら許さない状態だというのに、こんな不透明な状態のまままんじりと情報提供を待っていろと、そういうことだろうか。
 そんなのは、あまりにも、あんまりだ。
 だが。
「星と星との繋がりは、厄介で面倒な決まりごとが多々ある。……歯がゆいとは思うが、辛抱してくれ」
「……辛抱って、」
 辛抱できるものなら、とっくにしている。
 だが銀時や土方、真選組の面々が幾ら我慢しようと、土方を襲う身体異常は止まってはくれないだろう。
 口を噤む面々に、松本がわずかに肩を落とした。
「どこまで出来るかわからんが、なるべく、急ぐようには要望を出すよ。……私にもう少し権力や地位があればいいのだが、すまないね」
 松本自身も、歯がゆい思いはしているのだろう。
 だからこそ、銀時も声を必要以上に荒げることを戸惑う。
 この人に怒鳴りつけたところで、事態が好転する事はない。
「……万事屋、座れ……」
 くん、と袖が引かれ、見れば土方がこちらを見上げている。
 その瞳に浮かぶ、深く読み切れない色に、銀時は舌打ちをしたい気分になりながらもパイプ椅子へと腰を下ろした。
 急な呼び出しだったため、城に呼ばれていた近藤と珍しく職務をまじめにこなしているらしい沖田は、今日はいない。
 そのかわり、その二人への報告係を兼ねて、山崎のみこの場に同席していた。
「他に、……方法は、ないんですか」
 なにか、土方のために何かできることはないのかと、問いかける銀時に松本は腕を組んだ。
「情報収集をしてみることが決して無駄とは言えないが、他国と繋がりがあるような地位の人間に、話を通したくはないのだろう?」
「……はい」
 もし江戸城にこの話が漏れるような事があれば、それがいい方向に転がるとは思えない。
 勿論、半永久的に隠し通せるとは思っていない。
 だが、一日でも遅くと、誰もがそう考えているだろう。
 なりふり構わなければそれこそ、あの親馬鹿長官のツテでもなんでも使えば、茂茂に協力を仰ぐ事すら可能だろうが。
 それにどんな面倒な醜聞がついてくるのかを考えれば、どうしても二の足を踏んでしまう。
 だが、もうそれすらもなりふり構っている場合ではないのだろうか。
 取り返しがつかなくなってしまう前に、と、今日の話を聞いて銀時自身は密かにそう考えている。
 だが、土方がそれを聞き入れるかどうかは、また別の話だ。
 とにかく戻ったら一度、きちんと話をしてみようと銀時は俯く。
「誰か、信用が置けてかつ外交に携わっているような人物に、直接繋がりがあればいいんだが……」
 難しいね、と松本はため息をついた。
「とりあえず、今日の報告は以上だ。……気休めだとは思うが、診察を受けていくかい」
「はい、お願いします」
 藁にも縋るような思いなのだろうか。
 形式だけの問診に、それでも時間を費やす土方に、銀時は外で待っているからと告げ山崎とともに病室を出た。
 外部に話が漏れる事のないようにと、この病室がある通路には一般の患者やナースなどは入ってくることが出来ない。
 銀時はちらりとドアの方に視線を投げた後、病室脇のソファへと腰を下ろした。
「じゃあ、俺はここで土方まってっから」
「わかりました。あ、そうだ……」
「ん?」
 不意に、山崎が銀時の前に小さな紙袋を差し出した。
 それは、ここにきた時からずっと山崎が手に持っていたもので。
 てっきり山崎の私物なのかと思っていたそれは、どうやら銀時との思惑とは違ったようで。
「副長に渡して下さい。頼まれたものだといえば、わかるはずなんで」
 山崎の言葉に、中身はわからないものの土方のおつかいだろうことはわかり、銀時はそれを受け取った。
「あぁ、渡しとくよ」
「お願いします。……じゃあ、俺はこれで」
「おー、ゴリラによろしく」
 ひらっと手を振る銀時に会釈をし、山崎は急ぎ足でその場を去っていく。
 足音が消え、一人になった空間で銀時は深くため息をついた。
 万事屋に土方が移住して三日、まだあの時のように意識を失うような発作は起きていない。
 だが、軽度の目眩と痛みは、時折断続的に土方を襲っているようだった。
 消えていく記憶が人物だけとは限らないし、まして『出来事』単位なのか、原田のように『人物』単位なのかも定かではない。
 結局、何一つわかっていることなどないのだと、銀時が重い溜息を一つ零すのとほぼ同時に、扉が開いた。
「ありがとうございました」
 ドアの向こうに軽く会釈をした土方が、扉を閉め、こちらへと視線を向ける。
 その瞳に浮かぶ色は先程と同じとても読みにくい深いもので。
 この様子では問診にもさして効果はなかったのだろうと察し、銀時はあえてそれには触れずによいせとソファから立ち上がった。
「けーるか」
「……あぁ」
 小さく頷く土方を促し歩き出そうとしたところで、銀時は山崎から受け取った紙袋の存在を思い出した。
 すいっと歩き出そうとする土方の前へとそれを差し出すと、土方は一瞬驚き、だがすぐにそれが何か分かったようで。
「ジミーくんが、お前に渡せって」
「あぁ、……悪ぃな」
 ありがとよ、と受け取り歩を進める土方に、銀時が好奇心半分で声をかけた。
「なんなんだ? それ」
 仕事に関係のあるものならば、いくら恋人とはいえ山崎が銀時に預けるとは考えづらく。
 だが中身に全く予想がつかない銀時に、土方はアッサリと答えた。
「筆と硯、あと無地の和綴じだ」
「和綴じ? なんか書くのか?」
「まぁ、暇だし。日記でもつけようかと思ってな」
 後で読み返せば、ちっとは役に立つだろうという土方に、銀時はその思惑を悟り、口を噤んだ。
 今の土方とは少し違うが、前向性健忘の患者はその時にあったことを手当たり次第に総てメモにする、とドラマで見たことがある。
 それと似たようなものだろう。
 今は覚えていても、いつか忘れてしまうかもしれない記憶。
 それを少しでも、『文字』という目に見える情報で、土方は繋ぎとめようとしている。
 勿論どの記憶から消えて行くのかもわからない状態では、それも簡単なことではない。
 だが、今こうして病室の廊下を歩いているこの記憶が明日まで土方の脳内にある保証はないのだ。
 無意識に無口になっていたのだろうか。
 病院を出るのを待って煙草に火をつけた土方は、ライターを裾にしまいながら銀時の方へと話を振った。
「今日の夕飯は?」
 先ほどのそれとは全く関係のない世間話。
 気を使われた事に気づき、銀時は慌てて平常を保ちながら答えた。
「あー今日はぱっつぁんの当番だな。なんか商店街の福引でカニ缶もらったからかに玉作るって張り切ってたけど」
「へぇ、そりゃ楽しみだ」
 タレが美味いんだよなと顔を綻ばす土方の様子に銀時は何やってんだと己を罵倒した。
 この状態で誰よりも辛いのは土方なのに、その本人に気を使わせるなど、何事だと思う。
 病院の駐輪場に停めたベスパに跨り、銀時は土方が後部座席に乗ったのを確認し、エンジンを吹かした。
 歩いて行くには少し遠い病院までの距離を、だがタクシーを使うことはなるべく避けたかった結果、今は銀時のベスパが土方の足がわりになっている。
 ベスパを使えば病院から万事屋までを、約二十分弱で行き来することができた。
 おおっぴらに腰を掴むことはせずとも、さりげなくその背中に寄り添う土方の熱を愛おしく思う。
 だがその分、何もすることは出来ない自分が、歯がゆかった。
 いつもよりいくらか安全運転で万事屋へと戻り、階段下へとベスパを止める。
 時刻は丁度夕飯時で、例に漏れず階下のお登勢の家からもやわらかな味噌の香りがゆったりと漂っていた。
 この匂いは鯖の味噌煮だろうかなどと空想を始めようとして、銀時は早々にそれを打ち切る。
 どうせわかったところで己の口には入らないのだから無駄だ。
「どうした?」
「いや別に」
 まさか隣家の夕飯に思いを馳せてました、等とはいえずに、銀時は曖昧に行動をごまかしながら階段へと向かった。
 そのすぐ後ろを、煙草を吹かしながら土方が続く。
 土方が階段を登り切ったのを確認し、銀時はがらりと引き戸を引いた。
「たでーまぁ」
 気の抜けたような声で引き戸を引きながらそういう銀時に、ガラス戸の向こうから新八が顔を出した。
 次いで定春が廊下に飛び出し、二人の姿を見れば嬉しそうに鳴いた。
「あ、銀さん土方さん! お帰りなさい」
「おう、邪魔するぜ」
「おいおいまたそれぇ? ただいまって言ってって言ってんのに」
 ここはいま土方君の家も同然なんだから、と銀時は不満を口にするが土方はいまいち今日も納得した風ではなく。
「……そのうちな」
 ふわりとはぐらかす土方になんとなく今日の空気ではそれ以上強請る雰囲気でもなく、銀時はさっさと草履を脱いで上がる土方の後についてブーツを脱ぎ捨て三和土を上がった。
「あ、そういえば銀さん。小包きてましたよ」
「小包?」
 居間に入った銀時に、新八は移動したらしい台所から顔を出し、そこにおいてあります、と応接間の机を指さした。 
 見れば居間の机の上には、茶色の紙で包まれ麻の紐で括られたさして大きくもない箱が鎮座していて。
「坂本さんからですよ」
 次いで投げられた神八の言葉に、銀時は思わず顔を顰めた。
 あぁ、またあの馬鹿かと無駄に脳天気で苛立ちを煽る笑いが耳を突き溜息が漏れた。
「またバカ本? アイツまた何……」
 送りつけてきやがったと、そう言おうとした銀時は。
 直後、はたと気付いたその事実に息を呑んだ。

『誰か、信用が置けてかつ外交に携わっているような人物に、直接繋がりがあればいいんだが……』

 脳内に、松本の言葉が蘇る。
 次いで、脳内を埋め尽くしたのは底抜けに明るく笑ったこの荷物を送りつけてきた毛玉の顔で。
 坂本辰馬。
 土方には大きな声では言えないが己が真剣を振り回し『白夜叉』と呼ばれていた時代、背中を預け共に戦ったこともある戦友。
 とんでもない馬鹿だが先見の明があり、早々に戦へと見切りをつけもう一つの方法で星を守ろうとした、桂や己、それに高杉とはまったく別の意味でサムライの男。
 そしてその方法、は。
「……いるじゃねぇか、誰より先に天人相手に商売おっぱじめた大馬鹿な外交エリート野郎が……!」
「……万事屋?」
 荷物を見るなり固まってしまった銀時を不審に思ったのか己の名を呼ぶ土方には答えずに、銀時は脇目もふらず小包に飛びついた。
 坂本は様々な星を自前の船で縦横無尽に行き来し、その現地で何か面白いものを見つけると手当たりしだいに万事屋宛に送ってくる。
 怪しげな食べ物から胡散臭い飲み物、なんの役に立つかもわからないくだらない玩具や、たまに入っているあたりはまだ輸入ルートが確立していない珍しい酒。
 そしてそんな奇想天外な品物とともに、必ず入っているのは、坂本直筆の手紙だ。
 それには頼んでもいないのに今自分がいる場所や、今後の予定、それに次回地球に戻ってくる日付が書かれているのだ。
 いつもはなんでそんなものをと思いつつもこちらに戻ってくれば一緒に酒盛りやキャバクラに付き合ったりもするわけだが、今回にいたってはどうか一日でも早く地球に帰還して欲しいと柄にもなくそんな事を本気で願っている。
「お、おい、万事屋……どうした?」
 乱暴に包み紙をやぶき更に中身には目もくれずに一緒に入っていた便箋を食い入るように読み込む銀時に、土方が再度心配げに声をかけた。
 銀時が思わずガッツポーズを取ったのは、その直後だった。

――来月から一ヶ月、地球に戻ります

 坂本の性格をよく現した筆文字は、紙面にそう文字を綴っていた。
 その後にはお涼ちゃんへのプレゼントはやっぱり可憐な花がどうとかかかれていたが、正直そんな事は銀時としては心の底からどうでもいい。
 今日は、二日。
 小包が送られたのは二週間前らしいことから、ここで言う来月は、今でいう今月。
 つまり三日後、坂本辰馬が地球に帰還するのだ。
 そして恐らく頼まれもしないのに、この万事屋に押しかけてくるだろう。
 だが、今度は押しかけられる前にこっちから押しかけてやると、銀時は紙面を見つめながら口角を上げた。
 ご丁寧にも坂本は、滞在予定の宿の名前までを手紙に記し、『是非遊びに来て下さい』などと書き記している。
 いつもならばこっちから行かなくたって来るだろうがとスルーするところだが、今回ばかりはその提案に全力で乗らせてもらう。
 勿論、坂本に協力を仰いだ所で事態が好転するとは限らない。
 だが、なぜか、どうにかなるのではないかと、そんな予感がした。
 あの破天荒で豪快奔放な男は、いつだって真っ直ぐな目で己の見ている場所のもっとずっと先を見つめているのだ。
 それに、ああ見えて坂本の外交の腕はピカイチで、馬鹿だ馬鹿だとは言うが実際とんでもなく腕が立つ、『頭がいい』男だということも、知っている。
「辰馬……今度ばかりは、マジで頼むぜ……!」
 どうか、どんなに小さな情報でもいいから知っていて欲しいと。
 銀時は手紙を握りしめ、豪快に笑うその『友』の残像に必死に祈る。
 そうしてひとしきり神頼みならぬ友頼みを終え、銀時は振り返り不安そうな顔で佇む土方の手をとった。
「万事屋……?」
「ごめん、ちょっと……興奮しちまって」
「……? いや、いいけどよ……」
 何かあったのかと不安げな顔をする土方の手を掴んだまま、銀時はその身体を促し土方の身体をソファに座らせた。
 過剰な期待はさせられない。
 それでも、きっと彼ならば。
 銀時は土方の手指をしっかりと握りしめたまま、口を開いた。
「あのな、実は……」







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