砂時計が落ちるまで 2




 検査結果が出るまでは病院にいたほうがいいだろうという関係者で話し合った結論の元、土方はそのまま今いる大江戸病院に病室を借り、そこに銀時が泊まりこみで世話をするという体制がまとまった。
 こなせる仕事は山崎に持ち込ませ、銀時は甲斐甲斐しく土方の世話役を務め、入院生活は続いている。
 そして、土方の身体異常発覚から最初の異変が起きたのはそれから三日後。
 いつも通りの、夜半過ぎの事だった。
 書類仕事の途中、唐突に脳髄を襲ったその痛みに、土方は顔を顰めベッドの上に蹲った。
「土方!」
 脇のソファでジャンプを開いていた銀時の驚いたような声が、頭の中に反響する。
 幸い痛みは気を失う程のものではなく、程なく僅かな目眩を残し、すぅっと引くように消えた。
 そのまま暫くじっとその姿勢で待てば、残留していた目眩も綺麗に消え去る。
 ほっと息をつき、土方はそっと頭から手のひらを外した。
 顔を上げれば、銀時の緋色の瞳が心配げに揺れている。
 その色に触れれば、ほっと呼吸が楽になるような心地がした。
「……悪ぃ、治まった」
「ほんとか? もう、痛くねぇの?」
「あぁ、平気だ」
 心配げに顔を歪める銀時に、大丈夫だと笑う。
 そして、あぁ、まだ己は銀時のことを覚えているのだと、安堵した。
 だが、今までの流れで行けば今の痛みで己は『何か』を忘れてしまった、はずだ。
 歯がゆいのは、それが何かがわからないことで。
 小さく舌打ちをすれば、土方の心情は察しているのか、銀時はベッドの脇に少しだけ腰をかがめた。
「……真選組局長、近藤、一番隊隊長、沖田君、お前のお抱え監察の山崎、……覚えてる?」
「あぁ」
 ごく近しい、事情を知る三人の名前を告げられ、その記憶に一応欠如がない事確認し、土方はほっと息をついた。
 断片的に忘れてしまっている事象があるかもしれないが、さすがにそこまで調べるのは不可能だ。
 まさか痛みが引くたびに目録を読み返すわけにもいかないだろう。
「そっか。……とりあえず、今日はもう寝ろ。疲れてると、痛みやすいかもしれねぇだろ」
 静養していれば、頻度が少なくなるかもしれないと言われ、根拠はないが否定する理由もないだろうと、土方は頷いた。
「あぁ、そうだな」
 確かに屯所にいた頃は激務に追われていたし、下手に逆らって銀時に心配をかけたくもないという思いもある。
 土方は散乱していた書類をひとつに纏め、それを脇の木箱の中へと仕舞った。
 今は間違っても『大丈夫だ』と無責任に言うことはできない。
 少なくとも、検査結果が出るまでは大人しくしていようと。
 布団をかけてくれる銀時の手に従って、土方は大人しくベッドに横になった。





 頭痛はその二日後に二度襲い、だがどちらも意識を失うほどのものではなかった。
 勿論、近藤以下関係者のことも土方は未だきちんと覚えている。
 だが、どの頭痛かは特定できないものの、土方の身体から隊士数人の記憶が新たに消えている事は、昨晩改めて隊士名簿を見返した土方の行動から明らかになっていた。
 二番隊で一人、五番隊で一人、そして、六番隊で二人。
 頭痛は三度。
 それは、一度の頭痛につき、一人を忘れるとは限らないのだと言うことを示していて。
 山崎の話から、平時の土方と忘れた隊士の間には少なからず接点があり、頭痛を境に忘れた事は明白となっている。
 土方は忘れてしまった隊士の名前を口の中で呟き、名簿を抱えたまま何度もごめんな、と謝った。
 こんな風に謝ったところで、症状が緩和することなど有り得ないとわかっていても、いてもたってもいられずに。
 同時に、やはり記憶欠如はこの先も続いていくのだという恐怖を最認識させられたのだ。
 そして、検査から一週間経った今日、土方は松本から関係者を連れて会議室に来て欲しいと告げられた。
 それが、一週間前の検査結果が出たのだろうことはすぐに分かって。
「俺も、一緒に聞かせてくれ。いいだろ?」
 そう強請る銀時に了承を与え、土方は近藤と沖田、そして山崎、銀時を連れ、会議室へと向かった。
 大江戸病院の会議室の中でも最も奥まったそこに案内され中に入ると、そこには松本が一人、書類を抱えて立っていた。
「ご足労願って悪かったね、土方君」
「いえ、こちらこそ……お忙しいのに、すみません」
 小さく謝罪の言葉を述べる土方に気にしないでくれと首を振り、松本は後ろにいた近藤たちにも頭を下げ、椅子を進めた。
「どうぞ、皆さん座ってください。少し、長い話になりますので」
 前置きのように告げられたその言葉に、既に嫌な予感しか感じられない。
 一先ず椅子に全員腰掛けると、松本は備え付けのシャウカステンにフィルムを数枚並べた。
 パチン、とライトをつければ、恐らく脳の断面図と思しきものが浮かび上がる。
 松本は、その写真を確認するように見やった後、こちらへと向き直った。
「結論から言って、現時点で、土方くんの身体に何が起こっているか、特定することはできていない。……申し訳ないが」
 どうしても、解らなかったのだと告げる松本に、知らず、近藤や山崎から落胆のため息が漏れる。
 だが土方自身は、あぁ、やはりと心のどこかで冷静にその事実を受け止めていた。
「それは、……原因不明だという解釈で、間違い無いですか?」
「あぁ。……ただ、」
「ただ?」
 聞き返す近藤に、松本は脇から別のフィルムを取り出し、それを土方のものと並べた。
 今とは少しだけ様式がちがうその写真には、誰か別の人間の脳の断面図が写っていて。
 一体これはと困惑する土方達に、松本はフィルムを示しながら告げた。
「これは、三年前。今の土方くんと極めて似た症状を発症した、ある男性患者の脳の断面図だ」
「えっ……」
 そして告げられた言葉に、土方ははっと息を呑んだ。
 まさか、こんな症状に見舞われた人間が過去にもいたとはと、驚きを隠せない。
 同時に、自分だけではなかったのだという思いが無意識に湧き上がる。
 松本の話は続いた。
「プライバシーの関係上名前などは教えられない、が……当時の医師に話を聞いた所、その患者もある日突然、まるで規則性もなく頭痛と共に記憶が消える症状に見まわれ、病院に駆け込んできたらしい。歳の頃は、土方くんと同じ二十代半ば。健康体で、若年性痴呆というわけでも勿論なかった」
 これをみてくれ、と松本はフィルムの真ん中より少し下の辺りを差した。
「ここは、海馬と言って人間の記憶や学習能力を司る器官だ。記憶に変調が現れそれが身体的な損傷によるものな場合、十中八九、ここに原因がある」
 だが。
「今回に限って、この海馬にはなんの異常もない。とすれば、別の器官が異常があるということになるが……その症例までは見つけられなかった。勿論、土方くんの検査結果にも異常はない」
 だからこそ、過去の症例を洗ったのだがね、とため息をつく松本に、土方は眉を寄せた。
「過去の医師は、それ以上の検査をしなかったと、いうことですか?」
 症例がないというのは、そういうことだろうと少しだけ不信を強め問いかけると、松本は違うよと首を振った。
「患者を担当した医師は、きちんと検査をすべきだと薦めたそうなんだが、その時にはもう既にかなり患者の症状は進行していてね」
「……それで……?」
 何となく、先を聞く事が怖いが、敢えて土方はそれを促した。
 それは己の行末かもしれないのだから、と。
 だが。
「……検査の朝、また発作が起きて、……その後、すぐに亡くなったそうだ」
 聞かなければよかったかもしれない、と土方は少しだけ後悔した。
 すこしだけ、声が震えているのが自分でもわかる。
「それは、発作が原因で?」
「いや……、自殺だと聞いている」
「……そう、ですか」
 重苦しい空気が、会議室を包んでいる。
 自殺の原因など、詳しく聞かずとも思い当たった。
 恐らく、彼は耐えられなかったのだろう。
 それは、その片鱗に触れただけで既に挫けそうになっている土方だからこそ、理解できる。
 この先、近藤や沖田や山崎、それに銀時の記憶を次々となくし、そしてそれに落胆する大切な人間たちの姿を見続けて、己はそれに耐えられるのか。
 想像しただけでも恐ろしいそれは、今既に現実となりつつあるのだ。
 思わず、机の下で拳を握りしめ、土方は震えを耐えた。
 いつか、自分も耐え切れ無くなってしまうのだろうか。
 忘れていく事に、負けてしまう日が。
 頭から冷水をかけられたような寒気が襲い、思わず唇を噛み締める。
 だが、直後、その拳を暖かい熱が触れた。
 はっと下を見れば、いつの間にか伸ばされた銀時の手のひらが、震える土方の拳を守るように包んでいた。
 大丈夫だと、俺がいると、まるでそう言ってくれているように、手のひらは暖かい。
 ゆっくりと顔を上げると、だがそんな手の暖かさとは裏腹に銀時の目は鋭く細められていて。
「……それで? お宅患者を不安にさせるためだけに、こんな場所まで呼びつけたんですかぁ?」
「ちょ、おい万事屋!」
 直後怒りを湛えた声を飛ばす銀時に、土方は驚き声を荒げた。
 だが銀時は、そんな土方の言葉を一蹴するように松本を睨みつける。
「だってそうだろ。結局、結論は『何もわかりませんでした』って、報告も何もねぇじゃねぇか」
 何が検査結果だよと吐き捨てる銀時を、近藤が諌める。
「万事屋、落ち着け」
「うっせぇゴリラ。別に切れちゃいねぇよ。っつーか、こいつが名医なのは土方に聞いたけど、それにしたって進展まるでなしだろ。なんのために関係者まで含めて、こんな場所まで呼びつけたのかって聞いてんの、俺は」
「それは……」
 確かに、成果が何もなかったことに落胆しなかったといえば嘘になる。
 だが、それで松本を攻めたところでどうにもならないことはわかっていて。
 しかしそれに納得がいかないと憤慨する銀時に、松本はそれを止めようとする近藤へと首を振った。
「いや、……たしかに彼の言うとおりだ。だが、すまないがもう少しだけ、付き合ってもらえるかい」
「あぁ?」
 何も解らなかったのならばこれ以上何があるのかと、そう言いたげな目線で松本を睨みつける銀時に、土方はやめろ、と袖を引く。
 そんな銀時の態度も最もだというように、松本は緩く足を組み直し、土方の方を見た。
「今あるデータを総合し、明確な事が何もわからないのは事実だ。だが、……此処から先は、少しだけ私の主観が混じった話になる」
「……どういうことですか?」
 主観、とは、松本がこれから述べることは、彼の個人的解釈である、ということなのだろうか。
 続く言葉を待つ土方に、松本は机の上へと緩く、指を組んだ。
「実はね、君にその患者の話をしたのは他でもない。彼と君との間に、共通点を見つけたからなんだ」
「共通点……」
「あぁ、だが、それが問題解決の糸口になる保証はないし、全くの無駄足かもしれない。あるのは、……恥ずかしい話だが、私の勘だけだ」
 雲をつかむような話だけれど、できることならばなんでもしたいのだという松本に、土方は頷いた。
「やります。なんでも」
 もとより、何もわからない今、まんじりと構えていることなど出来はしない。
 この際、可能性があるのならなんでもやると告げる土方に、松本は少しだけ表情を緩めた。
「……ありがとう。早速だが、その患者と土方くんとの共通点は、天人と、少なからず関わりを持つ仕事をしていた、という点だ」
「え、……」
「二十年前、天人に開国を迫られてから今日まで、地球には様々な種族の天人が降り立ち、半日常的に人間と接している。彼は、そんな天人と商人や学者などの間を繋ぐ、通訳の仕事をしていたんだ。」
 天人全員が、地球の言葉を解するわけではないからね、と松本は言う。
「一方、土方くんも幕府要人や上層部の護衛で、頻繁に天人と接する生活をしている。そして、土方くんも彼も、頻繁とはいえないにしろ、この地球をでて別の星へ行ったことがあるだろう? ……つまり、」
「輸入感染症」
 そして、確信に迫りかけた松本の声を遮ったのは。
「……違いますかィ? 先生」
 それまでじっと、事の成り行きを見守っていた沖田だった。
 そしてその口から発せられた言葉に、松本は頷く。
「あぁ、その通りだ」
「え、じゃあ……副長は、天人の病にかかってるって事ですか?」
「あくまで、仮説だ。根拠も証拠も、明確なものはない。あるのは、先の通り私の医師としての勘のみだ。本来はそれこそこんな話を、患者にするべきではないのだがね」
 それでも、その話を松本が発したということには、少なからずその説を裏付ける状況証拠が揃っているからだろう。
「……それで? 俺たちはなにすりゃいいの」
 そんな話をするということは、何か己達に協力を求めるつもりなのだろうという銀時に、松本は頷いた。
「簡単なことだよ。これまで土方くんが訪れたことのある星、また接する機会を得た天人の種族を総て、リスト化して欲しいんだ」
「総て、ですか……?」
 それは少しばかり時間がかかるかもしれないと怯んだ土方に、松本は続ける。
「そうだ。表立った有名な星、例えば茶斗蘭星や央国星、戌威族などの地球と交流の深い地で発症しているその地特有の病気は、既にデータベースが地球の医療機関にも浸透している。だが、まだ情報共有が為されていない小惑星も多い」
 つまり。
「その情報共有が為されていない国に副長が行った、もしくはそこの天人と接した際に、副長がその星の病に感染した可能性があるってことですね」
「そうだ。上手くいけば、どこの星の病かを割り出せるかもしれない」
 そうなれば、何らかの形でその星に協力を働きかけることができるかもしれないという松本に、何も見えない暗闇の中で、一筋の光が見えた気がした。
 無意識に銀時の方を見れば、その顔は先程よりもずっと穏やかになっていて、知らず、ほっとする。
 土方の視線に気づいたのかこちらを見る銀時に少しだけ笑みかければ、銀時はそんな土方の表情の変化に安心したように笑ってくれた。
 実際はなにもことは進展していない。
 だがそれでも、『何かやるべきこと』があるのとないのでは、気の持ちようがまるで違う。
 例え無駄足になるかも知れなくとも、やらずに後悔するよりはずっと有意義な努力だと感じた。
「あの、……ありがとう、ございます」
 土方だけにかかりきりになっているわけにも行かないだろうに、ここまでしてくれる松本に、土方は感謝の念を込めて頭を下げる。
 そんな土方に、松本は逆にこんなことしかできずにすまないねと、頭を下げた。





 一週間後、山崎に事を任せ作らせたリストは、近藤と沖田のチェックを経た後、土方の手から松本へと渡された。
「よろしくお願いします」
「あぁ、事が少しでも動けば、すぐに連絡するよ」
 丁寧に頭を下げる土方に、松本は受け取ったリストに軽く目を通し、丁寧にファイルの中へと仕舞う。
 何か変調が起こったら、すぐに連絡して欲しいと告げる松本に頷き、土方は二週間ほどを過ごした大江戸病院の病室を引き払った。
 これ以上、土方が病院内にとどまれば否が応でも土方が病持ちだという噂が広まるだろう。
 土方を恨み、命を狙う人間はその地位も手伝い少なからず存在する。
 だからこそ、必要以上に長期間病院に留まることは避けたかった。
 病院でしか出来ない治療や手術を控えていないのならば尚更ここを出たほうがいいだろうと、土方はリストの完成を待ちながらすぐにでも退院できる準備を銀時とともに進めていたのだ。
「それでは、お世話になりました」
 暫くはこちらで療養します、と松本に万事屋の名刺を預け、土方は銀時とともに病院を出た。
 予め呼んでおいた籠に銀時とともに乗り込み土方は無意識に、息を吐きだす。
「……疲れたか?」
 珍しく疲労の色を表に見せた土方を心配したのかそう言葉をかけてくれる銀時に、土方はそれを否定しようか少しだけ迷った。
 肯定することは、簡単だ。
 きっと、ここで頷けば銀時は少し寝たらいいと己を抱き寄せ肩を貸してくれるだろう。
 だが、自分が疲れているということは、急に呼び出された挙句にこんな騒動に巻き込まれている銀時はきっと、もっと疲れているに違いない。
 そう思うと、安易に甘えることなど、とても出来ずに。
「……少し、寝る。着いたら起こせ」
 出かけた言葉を飲み込み、土方は自ら瞳を閉じてシートに背を凭れかけた。
 そのまま、眠りの体制に入ってしまえば、銀時とて無理にこちらへと話を振ってくることはない。
 しかし実際、土方は乗り物の中で休むことが得意ではないから、本当に寝るこ*となどできないのだが。
 これで運転手が慣れ親しんだ隊士であればまた話は別だが、相手がどんな立場であれ『第三者』、つまり身内でなければ意識を途切れさせる事は下手をすれば死に直結する。
 実は籠タクシーの運転手が攘夷浪士でした、などということは決して笑い話ではないのだ。
 だが、今日は隣に銀時がおり、なおかつ籠を呼んだのは山崎だ。
 その程度の信用はおいて然るべきで、それが今できる銀時への精一杯の甘えだろうと、土方は意図的に意識を沈ませる。
 それでも完全に眠りに落ちることはせず、微睡みの中で外界に意識を走らせていると、車は市街地を抜け、かぶき町へと入ったようだった。
 先程までは都会の喧騒が耳を付いていたが、今は徐々にそれを和やかな人の談笑が押し流している。
 車の速度も、先程よりも随分とゆっくりしたものに変わっていた。
 そして、約半々刻、車はゆっくりとその動きを止め、運転手から到着いたしましたと声がかけられる。
「土方、着いたぞ」
 次いで、肩を少しだけ揺する銀時の腕に沈ませていた意識を浮上させた。
 銀時のこと、土方が完全に眠りに落ちていた訳ではないことには気付いていただろう。
 それでも、律儀に声をかけてくれるのが彼なのだと、そう思った。
「……あぁ」
「荷物、俺が持つから。お前は上がってろ」
「構うな。平気だ」
 病人扱いするなと、土方は開けられた後部座席のドアから身を乗り出し、そのまま車の外へと降りた。
 次いで降りてきた銀時を待つまでもなく、トランクに積まれていた必要最低限の荷物が入った袋を取り出す。
 迷いなくそれを背負って歩き出す土方に、それ以上無理強いをしても無駄だと悟ったのだろう。
 銀時は自分の分の荷物を抱え、土方の後を追うように階段を登った。
 万事屋の玄関に近づくに連れ、部屋の中から人の気配を感じる。
 言うまでもなく、それはこの家で銀時とともに暮らしている天人の少女、神楽と、通いの従業員の志村新八のものだ。
 当初、土方は己がこの家で暮らす間、てっきり子供たちは恒道館に行かせるものと思っていた。
 だが、そんな土方の思惑に反し、銀時は『神楽達にも協力してもらうから』と告げ、その真意は後で説明するからと答えを濁されていた。
 とはいえ、土方とて銀時の考えに不満があるわけではない。
 元より、厄介者はこちらなのだから、そんな自分のために通いの新八はともかくそこを己の家とする神楽を追いだそうなどという気は微塵もないのだ。
 むしろ心配なのは、こんな自分が一緒に住むことで、あの少女がいらぬストレスを抱えるのではないかという事で。
 傍から見れば成人男性二人と年頃の娘一人が同居というのは、決して褒められた状況ではないだろう。
 まぁ、それをいうのなら普段はもっと褒められた状況ではないのだが、あくまで銀時は親、ないし兄の姿勢を崩すつもりはないようだから、そのあたりは尚更余計な心配だろうと感じた。
 詮ない思考を遊ばせながら階段を登り、土方は扉の前で自分のすぐ後ろを登っていた銀時の姿を振り返る。
 土方の意図に気付き、銀時は足を早めて階段を登りきり、引き戸に手を掛ける。
 軽い音とともに玄関の扉が開かれ、銀時はまず土方を促した。
「ほら、入れ」
「……応」
 小さく頷いて万事屋に足を踏み入れる土方の横で、銀時が居間の方へと声をかけた。
「神楽ぁーぱっつぁんー帰ったぞー」
 銀時の抑揚のない声に、だがすぐに奥のガラス戸が開き二人と一匹がこちらへとかけてきた。
「銀ちゃんおかえりアル!」
 いち早く玄関に辿り着いた神楽は、久しぶりに見るのだろう銀時の顔に嬉しさを隠し切れない様子だった。
 思えば二週間もの間、銀時を独占させてもらっていたのだ。
 ありがたさと申し訳なさが、同時に土方を襲う。
「おかえりなさい、銀さん」
「おー。たでーま」
「あ、ニコチンコマヨ!」
「……土方だ」
 開口一番、下品極まりないあだ名で呼ばれ、普段一体どういう教育をしているのだろ思わず罪悪感も忘れ土方は真横にいた自称『お父さん』を睨みつけてしまった。
 銀時はそんな土方の所作をさらっとスルーしブーツを脱ぎ捨てる。
「いらっしゃいませ、土方さん。その、身体は大丈夫なんですか?」
 その脇から心配げにこちらへと声をかける新八に、土方は己も草履を脱ぎながら首を縦に振った。
「今のことろは、平気だ」
「そうですか……あ、僕、お茶淹れてきますね」
 少しだけほっとしたような顔で踵を返す新八に、どうやら子供たちは全ての事情を話されているわけでなさそうだと土方は当たりをつけた。
 事情を知っていれば、今は平気だとしてもそれがほっとできるような状況ではないことは明白なのだから。
 とはいえ、そのあたりの事をこれから話すことになるのだろう。
 銀時に懐くように居間へと向かう神楽の姿に、やはりこうしてみると親子のように見えるなと思いながら、土方は荷物を再度持ち上げその後を追った。
 荷物は適当に置いておいてと和室を開けられ、土方は部屋の隅に己の荷物を置き、居間の方へと振り返った。
「新八、神楽。ちょっと、そこ座れ」
 見れば、そこでは案の定銀時が事情を説明するために茶を持った新八と神楽をソファへと座らせている。
 土方はそんな万事屋三人の様子を見ながら、後ろ手で寝室の麩を閉めた。
 音に気づきこちらへと振り返る銀時に目で促され、対面のソファに土方と銀時、そして神楽と新八に分かれ、腰を下ろす。
 間をおかず、口火を切ったのは銀時だった。
「昨日、電話でも言ったが、これから暫くこいつを万事屋で預かる。一応言っとくが、この件については一切他言無用。他所でうちに副長さんがいるとか、べらべら喋るんじゃねぇぞ」
 まぁ、大丈夫だとは思うけどなと言葉を足す銀時に、新八と神楽は揃って頷いた。
「わかったアル。誰にも内緒ネ」
「何か、事情があるんですよね。勿論、触れ回るつもりはありません。ただ、……」
 ふと言い淀んだ新八の目には、明らかに土方の病状に対する不信が見え隠れしている。
 銀時もそれには気づいているのか、まぁ、待て、と手を軽く上げた。
「焦るなぱっつぁん。早漏は童貞の証だぞ」
「いや早漏と童貞関係無いですよね.。むしろ早漏関係無いですよね。」
「いやいやそんな事はねぇよ? 慣れてないとほら、刺激に弱くて三擦り半でイっちまうとかよくあるイテテテちょ! 痛い! 痛いっておーぐしくん!」
 いつも通りといえばいつも通りのパターンであっという間にシモネタへと逸れていく話を、土方は銀時の耳たぶを引っ張ることで強制終了させた。
 話が途切れたのを確認し指を放せば、銀時は耳をいたわるように撫でながら、二人の方へと向き直る。
「おーいて……、コホン……それじゃ、順番に話すぞ」
 咳払い一つ。
 ふ、とその場の空気が張り詰めたのは、子供たちにも伝わったのだろう。
 その後、銀時は一切茶化しを入れることなく、主観も含まずに、淡々と土方の今の病状についてを、新八と神楽に説明した。
 始めは神妙な顔つきで話を聞いていた二人も、既に土方の記憶が欠落し始めている事を知れば、僅かに顔が強張った。
 あの神楽ですら、途中から酢昆布をかじる指先が不自然に幾度も止まっている。
 そして話が終わる頃には、新八が手ずから入れた茶はすっかり冷えきってしまっていて。
 長々と事情を説明した銀時は、その冷えきった茶を喉を潤すためにぐいっと煽った。
 空になった湯のみを机に戻し、銀時は一息をつき再び口を開く。
「……そういうわけで、俺は今日、こいつをここに引き取ってきた。あの鬼の副長さんがそんな厄介な病抱えて臥せってることが知れれば、攘夷浪士にとっては千載一遇の好機だ」
 だからこそ、土方がここで療養していることは絶対に広まってはならないという言葉に、新八は頷く。
「分かりました。……でも、どうして僕達を?」
 土方を守りたいと考えているのならば、過信ではなく銀時一人でも十分事は足りるだろう、と。
 そう告げる新八に、だが実際土方もそれは同感だった。
 変な意味ではなく、事情を知り助けを乞うならば、銀時一人で十分ではないかと。
 必要以上に事情を知る人間を増やす事に不安を覚える土方と新八に。
 だが、銀時は首を振った。
「だめだ。それじゃ、もし突発的にこいつが俺を忘れた時、こいつを託せる人間がいなくなっちまう」
「あ……」
 銀時の言葉に、急に腑に落ちる。
 確かに、その通りだ。
 銀時の言葉は続いた。
「俺を忘れるってことは、そのまま芋づる式にこの場所がどこだかわかんなっちまう可能性がある。コイツの性格から考えて、混乱か不信を感じて家飛び出されたら、本末転倒だ」
「それで、僕達を?」
「そうだ。もし、こいつがお前らより先に俺を忘れちまったら、その時は……」
 不意に、言葉が途切れる。
 銀時の目が一瞬ひどく痛そうに眇められ、だがすぐにその色は消えた。
「その時は、……お前らのうち、どっちでもいい。記憶がある方がこいつを連れて、屯所に行ってくれ」
「もし、僕達のことを先に忘れてしまったら?」
「その時は、すまねぇが忘れられちまった時点で恒道館に行ってもらうことになる」
 『知らない』人間を住まわせて、土方のストレスになる事は避けたいと言う土方に、新八は頷く。
「わかりました」
「もし、……もし銀ちゃんより先に、ニコチンコが真選組のこと忘れちゃってたら、どうなるアルか?」
 そして、それまで黙っていた神楽の痛いところを突いた、だが的確な質問に銀時がため息をつく。
 暫し口をつぐみ、だが銀時はどうにもならないだろうと首を横に振った。
「……それが一番、最悪のパターンだな」
「その時は、どうしたら……」
「大江戸病院に、松本っていう医者がいる。もし覚えていたら、そいつのところへ連れて行け」
「その人のことも、忘れてしまっていたら?」
「……、その時は、……忘れてようとなんだろうと、俺が何とかする」
 絶対に、傍を離れないと。
 きっぱりと言い切る銀時に、土方は心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚えた。
 こんな、先の見えない状況でも銀時は、どこまでも、己に優しい。
 それは土方に歓喜を与えると同時に、いいようもない焦燥と、申し訳なさを沸き上がらせる。
「さっき話したこいつの主治医の松本サンが、今病名を究明中だ。今は、それを期待するしかねぇ」
「わかりました。……あの、土方さん」
「なんだ?」
 それまで当人のはずが半分蚊帳の外のような気分で状況を見守っていた土方は、不意にかけられた声に僅かにどもった。
 だが、それには気づかなかったのか、新八はにっこりと土方に向かって笑みかける。
「出来るだけのことはしますから、どうぞ、自分の家だと思って寛いでくださいね」
「あ、あぁ、いや……」
 そんなに迷惑はかけられないからと手を上げかけた土方に、神楽が跳ねるように机を飛び越え土方ににじり寄った。
「ニコチンコ、ここで暮らすなら家賃として私に酢昆布を献上するアル!」
 それで我慢してやるヨという少女に、土方は神楽と酢昆布を交互にみやり頷いた。
「は? ま、まぁ、そんなもんでいいなら……」
 安いものだと頷きかけた土方の言葉を、遮ったのは銀時で。
「いーっつの。甘やかすな土方」
「い、いや、でも」
 不意に横から力が加わり、気付いた時には既に銀時の腕の中へと抱き込まれていた。
 土方は慌てて身を捩ったが、身を拘束するその腕は外れずに。
「いいんだよ。ここはもうお前の家みたいなもんなんだから」
 なんならこれを機に引っ越してきちゃえばいいじゃん。それがいい、などと勝手なことをいう銀時に土方は慌てて首を振った。
 冗談ではない。
 これはあくまで一時的な措置であって、自分にはそんな資格は微塵もない。
 土方は必死で身を捩るが、暴れれば暴れるほどに、銀時の腕の拘束はその強さを増していく。
「離しやがれこの毛玉!」
「いやです」
「っ、万事屋……!」
「いやだっつってんの」
 離さねぇ、と存外硬質的な声で言われれば、思わず抵抗しようと振り上げた手も止まってしまい。
「……万事屋」
「あの、すみません。そういう営みは是非僕らがお暇した後にお願いしたいんですが」
「……ッ!」
 極めて冷静な言葉に、慌てて身を捩る。
 勿論、言うまでもなく万事屋の子供たちに己達の関係は周知済みだが、だからといって目の前でいちゃついて平気なはずはない。
 離せ、と言葉を投げつつ必死で身体を銀時から引き離そうとする土方の肢体を、だが馬鹿力な銀時の腕はきっちりと抱き込んでいて。
「はいはい。じゃ、状況説明も終わったことだし、邪魔されない場所行こうぜ」
「ちょっと、おいっ……!」
 お泊りはこちら〜などとフザけたことを言いながら銀時が向かう先は当然のように和室で。
 慌てたように後ろを振り返ると、子供二人は呆れたようにその場から方方に散って行く。
「銀さん、僕五時になったら帰りますから」
「おー、お疲れさん」
 声をかける新八にひらっと手を振りながら、銀時は土方の身体を和室の中へと押し込める。
 そしてそのまま、有無をいわさず煎餅布団の上へと転がした。
「っ、てめ……! 何考えてやがる、まだチャイナが……!」
 新八はあと少しで家に帰るらしいが、少なくとも神楽はずっと家の中にいるはずだろうと言う土方に、銀時はちげぇよと息を吐いた。
「勘違いすんなって。暫くはやんねぇよ」
「だったら……!」
「ちげぇって。寝ろって言ってんの」
 さっきも車の中で、結局眠ることが出来ていなかっただろうという銀時に、土方は詰まる。
「病院でも、ずっと神経張り詰めさせてて全然休めてなかっただろ」
「それは……」
「心配すんな。お前も知っての通り、ここ『女帝』の家の真上だから。そんな場所に討ち入ってくるような馬鹿、この街にはいねぇよ」
 それに銀さんもいるし?と。
 おどけてそんな事を言う銀時に、だがそれが冗談めかしていても真実、信用に足る言葉であることはわかっている。
 この場所は恐らく、土方が身を隠せる場所の中で最も安全で、最も安心できる場所だ。
 それは、間違いない。
「ちゃんと、夕飯時にには起こしてやっから」
 な、というように頭をなでられ、挙句掛け布団まで引っ張りあげられてしまえば、忘れていた睡魔がぐらりと頭を襲う。
 体の方が、己が安心して眠れる場所をきちんと理解しているようだった。
 ここならば、意識を失っても大丈夫なのだと、本能が理解している。
「……なんかわかったら、……すぐ起こせ」
 眠りに引っ張られる意識の端でそう告げれば、大丈夫だというように頭を撫でる手のひらの感触がした。
 その手に目の上を塞がれ、視界に闇が落ちる。
「おやすみ、十四郎」
 髪を柔らかく撫でる手と、優しい、優しい声。
 どうか、少しでも長く、この声を覚えていられたらいいと思いながら、土方は意識を睡魔へと沈ませた。







*     *      *



 意識を失うように眠りに落ちた土方の髪を数度撫で、銀時は寝息を立てるその姿をじっと見つめた。
 数週間前の夕刻、万事屋によこされた一本の電話。
 土方の部下である山崎からの突然の連絡に、当初銀時は心臓が止まりそうなほどのショックを覚えた。
 前触れもなく土方が倒れ、意識不明。
 その単語を耳にした途端、何より先に土方の姿をこの目で確認せずにはいられずに、銀時は叩きつける勢いで電話を切って病院へと直行した。
 結論から言えば既にその時点では目が覚めていたらしい土方の状態を己が早とちりをしただけったのだが、正直、いっそのこと意識不明のほうがまだマシだったのではと思うような事態が、その時既に土方を襲っていた。
 土方を見送った病室で聞かされた珍しく神妙な顔をした近藤の話に、それは一体なんの冗談だと足が震えた。
 原因不明の、記憶喪失。
 まして予兆も、変調もなく突然倒れては記憶を失っていくなど、性質が悪すぎる。
 そんな、まるで真綿で首でも締めるかのような。
 結局検査を終えた後も、結果が出た後も、そして今も、状況が殆ど変わっていない。
 松本はああ言ったものの、見たことも聞いたこともないような――推定ではあるが――天人の病を、そんなに簡単に特定することなどできるのだろうか。
 しかも、病に関するデータがないということは、その星が今現在地球とさして深い繋がりを持っていないことを示している。
 そんな星が容易に、一地球人のために協力など、してくれるだろうか。
 だが、そんな事を言ったところで銀時に上層部に働きかけられるような有力なツテはない。
 あるとすれば、かつては天人によって収められていた吉原の日輪や月詠に協力を求めるか、迷惑を承知で神楽からそよ姫に話をつけてもらうか。
 以前聞きかじった話では将軍の妹君のそよ姫は土方に憧れに近い恋情を抱いているらしい。
 ならば、話せば恐らく、己たちには考えもしない方法で、協力を仰いでくれるだろう。
 だが、できるできないはともかく、その線は出来れば使いたくはなかった。
 単純な嫉妬や独占欲ではない。(そもそもあんなお小さい姫君にそんな対抗心など、持てよう筈もない)
 ただ、事を必要以上に広めることを嫌う土方が、それを許すはずがないと思うし、己自身、土方の敵の多い江戸城内部にその話を入れたくはなかった。
 今の状態ですら真選組に敵意を持つ人間からすれば鴨が葱を背負っているようなものなのだ。
 この上更に土鍋を持参させるような真似が、出来るはずはない。
 そうなってくれば、もう誰であろうとこの話をやすやすと口にすることなど出来ずに、選択肢は瞬く間に狭まっていく。
 そして最終的に、松本の手腕に頼る他ないところまで思考が行き着くまで、然程時間はかからなかった。
 正直一介の主治医にどこまでの権力があるかも知れないが、今はそれに頼る意外、有効策は思いつかない。
 とにかく、体力だけは落とさせないほうがいいだろうと、銀時は布団の脇から立ち上がり台所へと向かった。
 居間を通り抜け台所へと入り冷蔵庫を開けると、中には豆腐や卵に混じって新鮮な野菜や普段の万事屋給金では手の届かないような部位のお高そうな肉が保存されている。
 その想像以上のラインナップに、銀時は頭に浮かんだ土方のお抱え監察の顔を思い浮かべては小さく笑った。
「随分とまぁ、奮発してくれたこと……」
 今ここにある食材はすべて、山崎もとい真選組からの差し入れ品だ。
 病床の土方に、少しでも精のつくものを食べさせてあげて下さいと予め渡されたその食材に、愛されているものだとほっとする。
 普段、土方は部下に嫌われている、とよく発言することがあり、それは決して卑屈になっているわけではない事を知っていた。
 実際土方は真選組内では鬼の副長と恐れられ、近藤が飴、土方が鞭となり組内部が回っている事も事実だろう。
 だが、確かに疎ましく思い恐れられているのは本当でも、それは嫌われているのとは、少し違う。
 あれで、意外と世話好きだったり所帯じみていたり、マヨかけ放題だったり局中法度は私情混じりだったり。
 そんな土方の一面を知っている部下も大勢いるだろう。
 むしろ知らぬ部下の方が少ないのではとも、最近は思っている。
 伊藤の謀反の折、真選組に戻った土方に隊士が嬉しそうに掛けより土方が慌てていた話を近藤から聞いた時は、少しだけ嫉妬すら覚えたものだ。
 冷蔵庫の中の食材をぐるっと見回し、銀時は頭の中で夕食の献立を巡らせた。
「……すき焼きかな……神楽にがっつくなって、釘刺しとかねぇとなぁ」
 普段であれば食事は戦争、それこそ肉など早い者勝ちがローカルルールな坂田家ではあるが、流石にこれに関しては話が別だ。
 なによりこの食材が、口には出さないものの依頼料の代わりなどだとわかっていれば、尚更の事。
 現段階での銀時の役目は、病に臥せっている土方を決して一人にはしないことだ。
 つまり、土方がこの家にいる間、銀時は土方を置いて他の仕事に出ることができない。
 仕事が無い無いニートだなんだと言われていても、一応それなりに、週二日か三日程度の割合で仕事は何かしら入ってくるのだ。
 餓死しない程度の微々たる給金ではあるがそれが今現在の万事屋の食卓事情を支えているからして、それすら奪われてしまうとなると正直かなり苦しいのは本当で。
 だからといって土方に関するあれこれを依頼と割りきって金をもらう事にも気が引ける。
 そんな銀時に山崎が代替案として提示してくれたのが、食材支給だった。
 物品ならば病床の土方への差し入れ、という名目がつくし、銀時自身、買い物にも出られないデメリットも解消できる。
 万事屋としても普段はお目にかかれない新鮮野菜や肉魚にありつけて万々歳、というわけだ。
 だが、それを手に入れた経緯を考えれば、お世辞にも喜ぶことなど出来ずに。
 銀時は冷蔵庫の扉をきっちりと閉め、小さく溜息を吐き出した。
 じりじりと、絶望が忍び寄るようなこの状況は、よろしくない。
 何か、出来ることはないかと思っても、連絡もないうちから闇雲に動いで何かが変わるだろうかとも思う。
 ごつん、と冷蔵庫の扉に顔を預け、間延びした低音を発しながら項垂れた。

 松本から朗報とも、悲報とも言えぬ連絡が入ったのは、それから二日後の早朝のことだった。





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