銀さんを好きすぎる土方さんのお話。 1




 友人だと思っていた人間に、告白されました。
 これがもし相手が異性で、可愛らしい友情を築いていた幼馴染みだとか、同級生のしっかり者委員長だとか、ちょっと高飛車な近所のお姉さんとかだったら、俺はもう飛び上がって喜んだ事だろう。
 だが、現実は厳しい。
 というか、ぶっちゃけ、厳しすぎる。
 例えるなら常春の花見会場から突然極寒のシベリアにパン一で放り出される位の気分だ。
 そもそも俺には可愛らしい友情を築いていた幼馴染みだとか、同級生のしっかり者委員長だとか、ちょっと高飛車な近所のお姉さんなどは存在しない。
 いるとすればまず可愛らしくない酒癖をお持ちの某自警団頭領さんとか、しっかりものだが料理の腕が壊滅的な従業員の姉とか、お姉さんどころか気を抜けば腐ったバベルの塔建設してお兄さんになりかねない某流派の跡取りとか。
 そんな色気などと言う言葉とは一億光年ほどかけ離れた女性関係しか築かれてはいない。(しかも性質が悪い事に全員顔だけはべらぼうにいい。俺にだって一般的な美的センスくらいはある。ただ中身が問題なのだ、中身が)
 ちなみに、俺を見れば所構わず爛れたSM関係を迫ってくるくのいちや大家のババァ、猫耳おばさんにアンドロメイドなんてのは端から論外だ。
 俺のストライクゾーンに掠るどころか全力で喧嘩を売られている。
 っていうかざっと数えるだけでこんだけ周りに女っ気が溢れてるくせにまともな奴が一人もいない。
 泣いて良い? ねぇ、俺泣いて良いよね?
 だが、そんな今にも風土と化しそうな俺に更に台風のごとく荒波をぶっかける存在が目の前に一人。
 冒頭に言った、『友人だと思ってたのに告白してきた奴』だ。
 名前を、土方十四郎。
 泣く子も黙る、特殊テロ対策機関、武装警察真撰組の鬼の副長。
 その名を江戸で知らぬ人間などめったにいないだろう。
 悔しいことに顔も良いから、局長の近藤よりもテレビ露出度は圧倒的に高い。
 誰だってテレビに映ってるならゴリラより美形の方が良いだろう。
 真撰組は幕府に仇為す攘夷浪士達を討伐するために、国で唯一合法的に刀を所持する事を認められた国家機関だ。
 だが、むしろ俺にしてみればこいつの存在こそが特殊テロだと抗議したい。
 昨日まで飲み屋で肩組んでは馬鹿騒ぎするごくごく普通の友情を築いてたはずの奴がたった一晩で何がどうなってこうなっちゃうわけ。
 誓って言うが、いままで俺とこいつの間にそれらしい香りは一切なかった。
 べろべろに酔ってちゅーしちゃった事もなければ、酒の勢いで連れ込み宿で云々などと言うことも一切ない。ないったらない。
 今思えば出会いはかなり最悪で、テロリストに仕立て上げられそうになった所を殺されかけたというなかなかにバイオレンスな初対面だった。
 二度目ましても決して穏やかではなく、むしろ刀投げつけられてまた切られかけた。
 なんなのこいつ。抜刀が趣味なの。
 その後もなんの因果かただの相性か頼んでもいないのにいろんな所で出くわして。
 そのたびに寄れば触れば口喧嘩で、もう金輪際関わるものかと思って別れるのにまたすぐに遭遇しては喧嘩するという悪循環が数ヶ月続き。
 何の切欠か、今となっては思い出せないが、ある日ほんとうに偶然、飲み屋で少しだけ弱気になってるこいつと遭遇した。
 その珍しい土方の様子に普段の険悪も忘れてついついおせっかいを焼いてしまった事により、それまでなんであんなに反発していたのかを考えこんでしまうほど、俺と土方の中は急速に縮まった。
 念のためもう一度誓って言うが、縮まったのはあくまで心の距離であって体の距離ではない。
 そうして気づけば、元来同族嫌悪とも言うほど似ていた土方と俺は、お互いがお互い「友人」といって差し支えない関係までその中を発展させたのだ。
 勿論、友人と称するからにはそれなりのつきあいはあった。
 待ち合わせて酒飲む事もあったし、偶然会えば自然と隣に座った。
 団子屋で会えば当たり前みたいにあいつも軒に座って会話する。
 俺が屯所に行くこともあるし、あいつが土産持参で万事屋にきたことも一度や二度ではない。
 勿論その間、怪しげな触れ合いなどは皆無だった。
 土方がそれらしいことを匂わせてきたことも、俺がそんなことをからかい混じりに言ったこともない。
 それなのに、なぜ。
 俺の目の前では土方の奢りで三人官女のごとく並べられたチョコレートと苺とキャラメルのパフェが俺に早く食べてと訴えている。
 だが、今の俺にはそんな可愛らしい彼女たちをどこから食べようかと吟味する余裕など有りはしない。
 あろうことか、目の前の三人官女よりもお内裏様よろしく対面のソファに腰掛けている着流しの男の方が大問題なのだ。
「えーっと……多串君」
「土方だ」
 俺がわざと間違えているのなんて分かっているくせに、土方は常にしつこく訂正を入れることを忘れない。
「多串君、どうしちゃったの」
「土方だ。別にどうもしてない」
「いや、冗談だよね、多串君」
「冗談じゃねぇよ。あと土方だ」
「いやだって、俺ら友達じゃん。ねぇ、多串君」
「俺はてめぇを友達だと思ったことは一度もねぇ。土方だ」
「何それ! 友達だと思ってたの俺だけなの? あんな仲良くしといてさぁ!」
「悪いが、俺はてめぇとこんな仲になる前からてめぇに惚れてたからな」
 友達などとは思えなかったと首を振る土方君に、顔が引きつる。
 どろりと、目の前のパフェに掛けられたチョコレートがアイスを滑り、耐えきれなくなったようにグラスを伝う。
 まるでそれは漫画でよくある顔にたれ落ちる冷や汗のようで。
「……………本気?」
「本気だ。俺と付き合ってくれ、銀時」
 お前俺のことそんな呼び方したこと一回だってなかっただろぉおお!という俺の叫びは、口からついぞ吐き出されることはなかった。
 人間、驚きすぎると声を出すことも出来なくなるらしい。
 よくホラー映画とかできゃーきゃーいってる奴いるけど、アレは嘘だなと俺は冷静な頭の中で分析していた。
 だってほら、ほんとに怖すぎて余裕なかったら、声なんて出ないよ。いや、まじで。
 まさしく青天の霹靂。
 俺は、数分でショックからどうにか立ち直り、そしてスプーンをぐっと握りしめた。
 そして、掠れまくる喉を叱咤しながら、声を絞り出す。
「……とりあえず、パフェ喰ってもいい?」
 絶対に笑顔を作り損なった表情でそう言って、俺は土方の返事を効くよりも先に目の前のパフェにかぶりついた。
 現実逃避と、言いたくば言え。
 だが、少なくともこのパフェを綺麗に平らげるまでは、土方は俺の返事を待っていてくれる。
 そんな、確信があった。
 だが、それはイコールこのパフェを食べ終えてしまえばもう執行猶予は残されていないと言うことで。
 まず溶けかけたチョコレートのパフェを勢いのまま綺麗に平らげた俺は、今度は比較的普通のペースで苺のパフェに取りかかる。
 酸味のきいた苺を口の中で租借しながら、俺は頭の中で今の状況を整理する。
 昨日まで、俺と土方は確かに友達だった。
 というより、最後にあった一昨日の夕方まで、というのが正確だろうか。
 昨日は土方と会ったといっても、巡回中のヤツにちょっかいをかけてちょっと話をした程度でなんかこれと言って思い出すことは何もない。
 だから、あの時点でもし土方の気持ちが変わった後だったとしても、俺が気付いていないだけかも知れないから。(なんてことが言えるほど、ほんとに他愛ない会話だったんだ)
 でも、一昨日の夜は普通に待ち合わせて飲んだし、もしなんかあれば俺は多分気付く。
 だから、一昨日の夜までは、俺と土方は確かに友達だったんだ。
 そんでもって恐らく土方もその心づもりだったと思う。
 何かが、あったのだろうかと俺はクリームを口いっぱい頬張りながら一昨日から昨日までの土方との会話を反芻した。
 何もなくて、でも今日突然朝思い立ったら俺に告白したくなったとかならもうどうしようもないけど、そうじゃなければなんかしらきっかけがあったはずだ。
 だが、苺を制覇しキャラメルを半分食べ終える頃合いになっても、俺の頭の中にはそれらしい会話が一切思い出せない。
 得てしてこういうもんは言ってる本人は一切そんな気がなかったりするもんだ。
 だから、俺が恐らく無意識で言っちゃった台詞のどっかとかそんなような気もするんだけど。
 そもそも、無意識で吐いてる台詞を一字一句覚えてるかって言われりゃそりゃ無理だろってなる。
 だって雑談なんて頭使ってないしさ。
 全部勢いだから、勢い。
 とはいうもののキャラメルが残り一口二口になれば流石の俺も焦りを覚えて。
 後一口のパフェを半分の量で二口に誤魔化し、挙げ句クリームをスプーンでいじってあからさまな時間稼ぎに出た俺に。
「……わかった。もういい」
 溜息混じりに先に折れたのはやっぱり土方の方だった。
 お前優しいよな。
 あのサド王子のねーちゃんとの一件を見る限りまっとうな恋愛だってしてきたんだし、今だって吉原にいきゃ引く手数多だろうにもったいない。
「……土方……」
 無意識に間をつなぐため名前を呼ぶ俺に、土方は何を思ったのか溜息を吐いた。
「諦めるわけじゃねぇけど、今返事を急かすのはやめだ」
 無意識で裾を探って、だが目線の先のそれに気付いたのか土方は舌打ちして手を合わせに戻した。
 視線の先には禁煙のマーク。
 そういえばこのファミレスは、先々月から全面禁煙になったのだ。
 ヘビースモーカーな土方には辛いだろうに、春の苺フェアでやってるパフェに食いついた俺を誘ってくれたのは土方だ。
 そういえば、と俺はこんな事が前にもあった気がすると思考を巡らせた。
 そうして気付く。
 よく考えれたら、これまでも俺が何気なく言った食いたいもんとか、行きたいとことか、こいつ絶対覚えてたよな。
 そんでもってさりげなくチケット取ってくれたり、食いに連れてってくれたりした。
 そこが禁煙だろうがなんだろうが、文句一つ言わないで。
 ……あれ? そう考えるとひょっとして俺相当甘やかされてる?
 そういえば、これ飲んでみてぇなぁって言ってた酒も、たまたま見つけたからって一昨日持ってきてくれた。
 個数限定で中々買えないケーキも、部下の中に好きなヤツがいて、お裾分けされたけど俺は食えなからてめぇ食えとか言って渡してくれたり。
 よく考えたら、どれもたまたまとか譲ってもらったりで手に入る確率なんて、あんまりないものばっかりだ。
 でもあんまり土方が普通に渡すから、気にしたこともなかった。
 けど、それってひょっとしてあれがこうでこうだったからそれがああな結果、土方は俺を甘やかしてくれていた、んだろうか。
 うわ、なんか、いきなり恥ずかしくなってきたぞ。
「……万事屋?」
 なんか挙動不審な空気でも出していたんだろうか。
 土方が俺を呼ぶ。
 いつもみたいに、屋号で。
「あー、あのさ」
「なんだ」
 俺は、目の前に残ったすっかり解けきったキャラメルアイスを一気に口内へと流し込む。
 グラスを机に戻し、一息吐いた俺は覚悟を決めた。
 といっても、勿論土方と付き合う覚悟ではない。
 流石に甘やかされてた位で男と恋人になる気はない。ないが。
 さっきまで自分のことで必死だったけど、よく見れば、合わせに置いた土方の指先は少しだけ震えているし、こいつ自身もどっか所在なさげで不安そうな顔してる。
 そのくせ気になって仕方ないみたいに、俺の様子をちらちら伺って。
 さっき土方は俺への告白は本気だと言ったし、その言葉を信じるなら今結構こいつは必死な状態なんじゃないかと思う。
 だったら、その本気に少しだけ向き合ってみるのも悪くないかな、なんて。
 そんなことを思ってしまったりしたのだ、不覚にも。
 勿論、その果てに土方とつきあえるかって聞かれたら、多分、無理なんだろうけど。
 でも、こいつが今まで俺の側で溜め込んでた気持ちを、ちょっとでも吐き出せたらいい。
 相手がほんとに本気でぶつかってきてるなら、誤魔化さずに本気で向き合うのが俺のルールだ。
 で、あるからして、今回もそれに則って行動しようと決める。
 ちょっと、言い訳くさいけど。
「とりあえず、出て。どっか煙草吸えるとこで、ちょっと話さねぇか?」
 そういった俺に、土方は心底驚いたみたいな顔をして。(このまま俺が帰ると思ったんだろうか)
 だが、俺が本気なのがわかれば少しだけ赤い顔をして首を縦に振った。
 その友人に向けるには少しばかり難のある仕草に。
 あぁ、こいつやっぱり本気なんだ、とか、俺は妙な納得をしながら席を立った。
 





 昨今になって騒がれ出した、『歩き煙草禁止条例』によって、土方のような喫煙者は殊更肩身の狭い思いをしている。
 本当は、他人に聞かせたくない話をするなら歩きながら喋るのが一番らしい(某死神漫画知識)のだが、それでは土方に煙草を吸わせてやれない。
 俺の見る限り、こいつは自分の考えを口で説明して相手に伝えることがあんまり上手くなさそうで、多分その間を持たせたり頭を整理しながら話すために煙草を吸ってる。
 だから、それを制限した状態で話させるのは、この状況ではあんまり得策じゃない。
 迷って、俺は結局あんまり人目に付かない川縁の土手に土方を促した。
 ここならあんまり人は通らないし、座って煙草を吸っているからと言ってわざわざ注意してくる暇人もいないだろう。
 二人並んで土手に腰を下ろすと、土方も空気を察したのか素直に煙草に手を出した。
 慣れた手つきで唇にフィルタを銜え、おなじみのマヨライターで先に火を灯す。
 息を吸い込めばふわりと赤が強くなり、次いで口の端からふーっと紫煙が吐き出された。
「……落ち着いたか?」
 土方の顔がほっと緩むのを見計らって声を掛けると、土方は宙に漂う煙を目で追いながらそうだな、と頷いた。
「悪ぃな、気ぃ使わせて」
「いやいや、……まぁ、いざなったらウチくりゃ吸えるけど、今はここのが落ち着くだろ」
 流石に禁止条例も個人の家の中までは規制できないだろう。
 俺の言葉に土方はもう一度礼を口にして、またゆっくりと吸い込み、吐き出した。
 そして、暫くその場に流れる沈黙は、気まずくはないが心地よくもないもので。
 どう口火を切ろうかと言葉を選んでたら、不意に声がした。
「すまねぇな、驚かせて」
 それが土方の発した言葉だってのはすぐにわかった。
 けど、その言葉の内容が謝罪だったことに俺は少しだけ困ってしまう。
「あいや……別に、謝ることじゃねんじゃね?」
「でも、良い気分はしねぇだろ。俺なんかに告白されて」
 別に卑屈になってるわけじゃねぇぞ、と笑う土方の顔に、俺は小さく唸る。
 この場合の俺なんか、というのは恐らく土方個人を指すのではなく、男、という性別を持つ人間に、と言う意味だろう。
「……いつから?」
 迷って、迷って、結局口から出た言葉は、こんな場合であれば一度は出るであろう常套句のような台詞で。
 漫画やなんかでそれを口にしている奴をみたときは、そんなこと聞いてどうすんだと思ったもんだが、実際自分が同じ状況になってみるとそう聞いてしまうのも頷ける。
 それが、俺に告白なんて絶対しないだろうと思っていた人物からの告白ならば、なおのことだ。
 なんというか、卑怯な話だがいつから思いを寄せられていたかを聞き、無意識にそれを今後の行動の指標にしようということだろう。
 つまり、現時点での相手の思いの深さを測りたいのだ。
 土方の方を何となく伺いながらの俺の問いに、土方は持ってた煙草を一度大きく吸い込んで、それから吐き出した。
「………最初にこれは、って思ったのは、屋根の上だ」
 土手縁に足を投げだし、腰の脇に手を付いた姿勢で、土方は言う。
「屋根って、……あ、あれか? お前がゴリラの事で俺に喧嘩売ってきた」
「近藤さんはゴリラじゃねぇ。……まぁ、そん時なのはあってるよ」
 多串の件もそうだが、土方はこっちの言葉遊びをさらりと流すことを本当に由としない。
 まぁ、真面目というかこれはただのゴリラ馬鹿だろうが。
「俺は、お前に見惚れた」
 だが、次いで出た思いも寄らない土方の言葉に、俺は思わず間の抜けた声を出してしまう。
「は?」
「お前にっていうか、……そうだな、お前の生き方に、かな」
 ふーっ、と土方の口から紫煙が細く吐き出され、空気に霧散する。
 いや、っていうか、お前アレが見惚れた人間に対する態度かよ。
 会えば瞳孔おっぴろげたままチンピラ口調で喧嘩売ってくる人間の台詞とは思えない。
 それをそのまま、多少オブラートに包んで問いかけると、土方は少しだけばつの悪そうな顔でむ、と眉をしかめた。
「嘘はいってねぇよ。でも、普段のお前は無職でギャンブル好きで、いい加減でテンパなどーしようもねぇマダオじゃねぇか」
「待て待て。なんか一個関係ない要素が混じってたからね。マダオにテンパ関係ないからね。あと銀さん無職違うよ。どっちかっていうと経営者だからね。これでも社長だよ、うん」
「日がな一日ぐーたらしてパチンコで有り金すってる社長がいるかっつーんだよ。社会人なめんな」
「……お前、ほんとに俺に惚れてんの?」
 ついさっきオブラートに包んで問いかけた事を、今度は思わずオブラート無しで問いかけてしまう。
 だって、ちょっと、その言い方はひどくね?
 いや、事実だけどさ。
 否定はできないけども、うん。
「それでも、好きだ。仕方ねぇだろ」
 そうだよね、しかたな……
「っ、……! あ、そうですか……」
 思わず喉が詰まったような声が出て、俺は思わず硬直した。
 不意打ちにも程がある。
 俺が会話を打ち切るような返事をしてしまったことで、その場にはまた沈黙が落ちる。
 というか、会話の経過からますます理解できないわけだが、土方は一体俺のどの辺りが好きなんだろう。
 そういえば、世の中にはだめな男程、支えてあげたいとか養ってあげたいとか、そういう嗜好の人間がいるらしい。
 いや、自分をダメ男と認めるのはちょっと、かなり、あれだが、高給取りの幕臣様に比べたら俺の月々の稼ぎなんて風前の灯火だろう。
 しかも、土方にはあのどーしようもないストーカーゴリラに心酔して、唯一絶対の主とかそんなご大層なものに祭り上げてる実績がある。
 ということは、これも、そういうことなんだろうか。
 でも、さっきの言い方からは、それはなんか間違いなんじゃないかって気がする。
 俺の好きなとこ聞いたら、『生き方』とか言ってたし。
 ダメンズが好きなら、支えてやりたいとか、そういう言葉がまず出てきそうだが、そうじゃなかったし。
「……その次は、あの妖刀ン時。呪いに飲まれた俺を、てめぇが怒鳴って引き戻してくれただろ」
「え、あー……パトカーの中?」
 あの時、怒鳴りつけた己の言葉に、一瞬とは言えこいつは一度呪いを振り切って正気に戻った。
 ほんとに、一瞬だったけど。
 殴られて終了だったけど。
「正気に戻って、思い返して……嬉しかった。てめぇが、俺のことをそういう男だと思ってくれてたことが」
「そういうって」
「……『くたばるなら、大事なもんの隣で剣振り回してくたばりやがれ』」
 土方の言葉は、あの時俺がトッシーに飲まれた土方に向かって、胸ぐらを掴み上げながら怒鳴りつけた言葉で。
「『それがてめぇだろ』……てめぇはそう言った。……嬉しかった」
 その言葉は、恐らく本当だろう。
 でなければ、そんな風に一字一句、きちんと覚えていることなどないだろうから。
「……なぁ、少しだけ、近寄ってもいいか?」
 嬉しかったと、そういう土方の言葉にどう返そうかと考えあぐねている俺に、不意に土方がそう言った。
 今、俺と土方の間には友人と言うにはふさわしい、近くもなく遠くもない、微妙な距離が存在している。
 それは、俺としてはとても心地の良い距離で。
 だが、今土方がそれを縮めたいと思っていることは承知している。
「気持ち悪かったら、その、……言ってくれりゃ離れるからよ」
「……あぁ」
 迷って。
 だが、俺は了承した。
 別にご大層な事を考えた訳ではないが、まぁ、近づくくらいなら良いだろうと思った。
 もとより人との距離感を計ることには長けている奴だ。
 了承したところで、そう酷いことにはならないだろう。
 土方は俺の言葉に嬉しそうに少しだけ口角を上げ、腰で地面すれすれを擦るように、ほんの少しだけ身を寄せる。
 ふわりと漂う、土方愛用の煙草の香りが強くなり、トン、と軽い衝撃が肩に乗った。
 土方の重みが少しだけこちらへと伝わり、だが控えめなそれは勿論全体重など乗せているわけはなく。
 まるで、人に甘えることになれていない猫のようだと思った。
 今も肩の重みは軽くなったり、重くなったりで、どの程度身を任せたら良いのか考えあぐねているように見える。
 もぞ、と身体の位置を変え、なるべくこちらへ負担の掛からない体勢を模索しているその様は、本当に借りてきた猫だ。
 不意に、手を伸ばしたのは半ば無意識のことだった。
 未だ中途半端な姿勢で俺に身を預ける土方の頭に手を乗せて、そのままこちらへと不遠慮に引き寄せる。
 不安定な体勢だった土方の重心はあっさりと狂って、俺の肩へと落ちてくる。
 急激に重くなるその体重を、疎いと思うことはなかった。
 むしろ、どっちかというと心地良い。
 可愛い、なんて。
 思ってしまったのはきっとこの変に甘い空気に侵された所為だろうか。
 いやいや、そもそも肩貸すくらい友人同士だってやることあるし。
 俺はそんな栓ない思考を遊ばせながらも土方の頭から手を離すようなことはしなかった。
 別にほだされたとか、此奴を好きになったとかではない。
 ただ、無性にこの不器用な生き物を甘やかしてみたくなった。
 土方にしてみれば、それは余計で、残酷なことかもしれないとあとから気付いたけれど。
 腕に触れてる土方の胸の辺りから、隠しきれない鼓動が俺の身体に伝わる。
 こんな、心臓を高鳴らせるほど、此奴は今緊張しているのかと。
「……どう?」
 俺に引き寄せられた体勢から顔を俯かせ、微動だにしない土方に痺れを切らし、声を掛けてみる。
 ぶっちゃけ、この何とも言えない沈黙に耐えきれなくなったのだけれど。
 土方は、答えなかった。
 その代わりに震えながら伸ばされた指先が俺の羽織った着物の裾を控えめに摘むように掴んで。
 ただ、その行動が何より如実に今の土方の心情をこちらへと伝える。
「……ぎ、ん……とき」
 囁くような声で、土方が俺の名前を呼ぶ。
 まるで、俺の反応を伺ってるみたいなぎこちない声音。
「なに? 土方君」
 だから俺も、珍しく巫山戯ずに土方の名前を呼んだ。
「き、……気持ち悪く、ねぇ?」
 次いで聞こえたその声は、傍目にも分かるくらい震えている。
 あぁ、此奴にとって今一番怖いのは、俺にウザがられる事なのかなぁとか、思う。
 だから、俺は土方を安心させるように腕の力を強めて、その頭を抱き寄せた。
「ねーよ」
 あくまで気楽に、あっさりと答えてやれば、腕の中の強ばった身体からほんの少しだけ力が抜ける。
 だが、それでもこわばりが完全に溶けたわけではなくて。
「お、俺が……、お前と、寝たいと思っててもか?」
 震えたか細い声で問いかけてくる土方の言葉に、流石にちょっとばかし肝が冷える。
 そうか、突き詰めれば恋心とはそこに落ち着くのだと、分かっていたつもりの事柄を正面から突きつけられた気分だった。
 いや、わかってたけどさ。
 あえてあんまり触れないようにしてただけで。
 でも、ここであえて触れてくるのが土方らしいと思う。
 俺は困ったように頭をがりがり掻いた。
 それを言われてしまうと、正直困る。
 だってほら、さっきまで俺は男が女を抱くことが当たり前な至ってノーマルな世界にいたわけで。
 そんな俺がこの短期間で男に尻許せるかって言われたら……正直、御免被りたいのが本当で。
 っていうか、この先もバックバージンは守り通したい所存な訳で。
「……気持ち悪くはねーけど、正直、答える覚悟はねーよ」
「……あぁ」
 その答えは予想済だったのだろうか。
 土方の声に落胆は見えなかったが、えも言えぬ罪悪感が俺を襲う。
 チラ、と土方に視線を向けると、声とは裏腹にその様子には落胆が滲んでいて。
 俺は思わず、あー、とかうー、とか意味のない声を発した。
「あー、あのさ……、えっと、俺も男だからね」
「あぁ」
「そんな、いきなり言われても覚悟もしてるひまもねーしさ」
「あぁ、分かってる……」
 なに必死に弁解してんの、とか思っても、相変わらずよく回る口は言葉を発するのをやめない。
「そもそもほら、やっぱ男のプライドに関わるじゃん。け、け、ケツ、掘られるわけだから……」
「え?」
 流石にあっけらかんと言うには事実が重すぎて文字通り尻すぼみになる俺に、だが土方の返答はどこか驚いたような聞き返して。
「は?」
 土方の聞き返しの意図が分からず、俺も思わず更に問い返すような声を発してしまう。
 気まずさからまっすぐ見ることが出来なかった土方の顔を改めて正面から見やると、その瞳は驚きの色に染まっていた。
 だが、それもほんの数秒で、土方はすぐにそうかと納得したかのように息を吐いた。
「お前、多分、勘違いしてる」
 そして、告げられた言葉は俺にとってはかなり予想外のもので。
「え、勘違いって……、なに、お前俺と寝たいんじゃねーの?」
「そうだけど、その、……た、立場、が……」
 もご、と急に口ごもる土方に、俺は首を傾げた。
 立場、……立場?
 僅かに赤くなったまま、だから、と何かを言い募ろうとしている土方を見て。
 そして、唐突に理解した。
 まさか。
「……なに、まさか、お前俺に突っ込みたいんじゃなくて突っ込まれたいの?」
 ぽかん、として、思わずオブラートもなにもあったもんじゃない口調で思わずそう呟いた俺に。
「……――ッ!!!」
 返ってきたのは、人間がここまで赤くなれるのかといっそ感動する程赤面した土方と。
 その可愛らしい顔には偉く似つかわしくない、みぞおちを抉るような下段蹴りだった。


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