銀さんを好きすぎる土方さんのお話。 5




「……万事屋、……苦し……」
 抱きしめた腕の中からくぐもったような声でそう言われて、俺は慌てて腕の力を緩めた。
 身体を離せば、俺の胸と腕とで圧迫されてた空気が喉に通ったらしく、土方は小さく咳き込んでから息を吐く。
「わ、わりぃ……」
「いや、……心配してくれたんだろ。悪かったな」
 そう言って少しだけ疲れたような表情に笑みを浮かべた土方に、俺は何やってんだと自己嫌悪する。
 そもそも、いくら今俺が自分の気持を自覚したからって疲労困憊の土方にその衝動をぶつけていいはずがない。
 俺は自分の役目を思い出し、慌てて土方の着流しの帯を解いた。
 濡れてじっとりと重くなった着流しははらりと落ちるようなことこそないものの、ずるりとずれてその肌が顕になる。
 途端、土方が慌てたように身を捩った。
「ちょ、おい、何」
「何って、風呂だよ。シャワーだけじゃ体の芯まであったまんねぇだろ」
 シャワーのお湯はあくまで応急措置で、きちんと体を温めるならばやっぱり風呂にちゃんと浸かるのが一番だ。
 だが、俺に脱がされるのがよほど嫌なのか土方は着流しの端を掴んだまま首を振った。
「い、いい! もう大丈夫だ。後は、俺一人で…!」
 ちゃんと浸かって上がるから心配しなくていいと言う土方に、だが俺はその言葉を聞かずに着流しを掴む。
 そうして、左右に見頃を引っ張った。
「だめだっつの。お前、今冷えで体力落ちてんだぞ。普通ん時ならいいけど、疲れてる時に風呂入るとすげー体力使うんだって。倒れたらどうすんだ」
「だからって、なんでてめぇが……!」
「いいから、ほら!」
「ぎゃっ……!」
 色気のない悲鳴を上げる土方の身体から着流しと下着を剥ぎとって、俺は弱々しく暴れるその身体を担ぎ上げる。
 普通こいつが本気で暴れたらいくら俺でもこんなふうに抱え上げるなんて容易なことじゃない。
 やっぱ体力限界なんじゃねぇかと俺は密かにため息を付いた。
「別に変なこたしねーよ! ちょっとおとなしくしてろ。よっと」
 肩に抱えた身体を風呂の手前で下ろし、そのまま横抱き状態の身体を直接湯に沈める。
 湯に落とされる瞬間、反射のように目を閉じた土方もゆっくりと身体が沈んでいく感覚にか恐る恐る目を開けた。
 そうして、体の芯から湯の熱が浸透していく感覚にか、ほっとしたように目を細める。
「…………わりぃ」
 気まずそうに謝る土方に、俺は風呂の縁に胡座を掻いた。
「だーから、おめーが謝ることなんてないんだって。……まぁ、強いていうなら、何で羽織りの一枚も羽織らずに外でたんだよ」
 蔵は屯所敷地内にあるのだから厳密に外というわけではないが、寒いことに変わりはないだろう。
 俺の言葉に、土方はその身体を肩まで湯に沈め、別に、と少しだけ気まずそうに言った。
「すぐ、戻るつもりだったんだ。っつーか、煙草吸ってたら急に思い立って……」
 羽織りを取りに戻るのが面倒でそのまま出たのだと。
 そう言う土方に、なんとまぁタイミングの悪いと俺はため息をつく。
 一服なら縁側かどこかでしていたのだろうし、敢えて持ってでなくとも携帯がなればすぐにわかる。
 携帯が置きっぱなしだった謎も、やはりそれで解決だ。
「なんか、探しもんでもしてたのか?」
 蔵に行ったのは、何か仕事に必要なものでも取りに行ったのだろうかと問いかける俺に、土方は違う、と首を振った。
 そして、湯に体を沈めたまま目だけをこちらに向ける。
「……写真、だ」
 そうして、告げられた言葉に俺は一瞬首をひねって。
 直後、その意味に気づいて息を飲んだ。
 それって、まさか……
「え、写真て……まさか俺が見たいって言ってた、アレ?」
「そうだ」
 あっさりと肯定する土方に、俺は驚く。
 十日前、飲み屋で俺が土方に見たいとねだった昔の土方の写真。
 それを、わざわざあんな所まで探しに行ってくれたのだと理解する。
「最初は、部屋の押し入れにしまったかと思ったんだが、なくてな。他の場所もいくつか探してみたんだが見つからなくて。……で、昼間に煙草吸ってたらあの蔵が見えて……、そういやあの中にもアルバムしまったと思ってな」
「それで、わざわざ……?」
「……んだよ、てめぇが見てぇって言うから……」
 だったら見せてやりたいじゃないかとそう言う土方に、俺は湧き上がる嬉しそうに思わず頬を緩めた。
「それで、あったのか?」
「あぁ、……でも、なんか懐かしくなって眺めてたら、下で変な音がして……降りてみたら、その……」
「扉が閉まってた、と……」
「……あぁ」
 その時のことを思い出したのか目を伏せる土方に、俺は近藤のことを話したほうがいいのかどうか迷う。
 だがその直後、不意に鼻がむずっとして、俺は身体を震わせながら盛大にくしゃみをしてしまった。
 そういえば、さっきからなんかちょっと身体が冷えているような……
 そこまで考えて、俺は改めて自分の服装を省みて納得した。
 シャワーの飛沫と土方に抱きついたことで中途半端に濡れた服。
 いくら風呂の中とはいえ、浴室暖房などついているはずがない洗い場の気温はさして高くはない。
 濡れた当時はお湯でも、今はもうすっかり水になってしまっているそのしぶきが、俺の身体を中途半端に冷やしているのだ。
 っていうかこれ、そのまま着てたら風邪ひくんじゃね?
「だ、大丈夫、か?」
 服をじっと見つめたまま思慮の世界に突っ走っている俺に掛けられた土方の声に、俺はそうだと思い付き自分の服に手をかけた。
 別に名案を思いつたとかではない。
 っていうか普通に、俺も風呂入ればいいんじゃね?って思っただけだ。
 だが、目の前で服を脱ぎだした俺に、土方は服を脱がされた時以上の過剰反応を示した。
「ぎゃーー!」
 さっきの二倍くらい色気がない悲鳴を上げて、土方が風呂の中で後ずさる。
 そのままの勢いで壁まで下がり、土方は顔を真赤にしたままタイルに縋り付いた。
「何」
「な、なにって、て、てめ、な、なに、脱いで……!」
 一体何を想像しているのか呂律が回らない口調でそう訴える土方に、俺は何って、と服を脱ぎながら言った。
「何もなにも、ここ風呂場だし。っつーか、普通は服着て入ってる事のほうがおかしいんだからね」
 濡れたし、銀さん今すぐ風呂入んねぇと風邪ひいちゃいそー、とか適当な言いながら、俺はふと思い立って一度洗い場に戻る。
 そこには先程俺が脱がせた土方の着流しや下着が適当に放り投げられていた。
 俺は生地を痛めないようにしながら土方の着流しを絞るようにして水を落とし、ついでに下着も拾って一度脱衣場に戻る。
 そして適当なかごの中に土方の衣服を入れ、ついで隣の籠に脱ぎ捨てた自分の服を放り込んだ。
 そこで、俺ははたと気づく。
 着替えがない。
 俺は着物の中からジミーに借りた土方の携帯を取り出し、ジミーに電話をかけた。
『はい、山崎です』
 もう携帯が土方の手に戻ったのかと思ったのかいつも通りっぽい応対をするジミーに、俺は笑いながら言った。
「おー、オレオレ」
『……旦那? どうしたんですか? あ、副長のと旦那の着替えなら、今準備してますよ』
 まるで普通の口調でそう続けるジミーに、流石に気がきくと感心する。
「っていうか、俺の分もあんの? いや、今それ頼もっかなーって思ってたんだけどさ」
『え、だって、あの状況で旦那が副長一人で風呂にいれないでしょう?」
 ご名答。
 その推察に拍手を送りながら、俺はそうだなと肯定の返事をする。
「その通り。まぁ、あるならいいや。持って来といて」
『はい、了解しました』
 ジミーの了承を確認して電話を切り、俺は風呂場へと戻る。
 見ると、土方は風呂場に戻ってきた全裸の俺に再度びびったように体を震わせ、そのせいで湯に微妙な波紋ができていた。
 そんなに怯えなくても、銀さん紳士だし、こんな場所で取って食ったりしませんよ。
 何より今土方は半分病人みたいなものなのだ。
 尚更、気持ちに気付いたからって今どうこうするつもりは微塵もない。
 俺は手近な洗い場でざっと身体にかけ湯をして体を洗い、そのままぺたぺたと歩いで風呂に向かう。
 だが、そうこうしている間も俺が動くたびその一挙一投足に反応するように土方の身体がびくびくと震えている。
 お前はあれか、客人が来るたび怯えて吠えられない臆病な番犬か。
 そのくせ警戒心だけはばりばりだから、標的の姿から目が離せないんだ。
 気持ちを自覚したせいか、今はそんな土方の態度ですらなんだか微笑ましい物に見えてくるのだから、本当にこういうのは気の持ちようなのだと理解する。
 爪先をつけた湯は少し熱いくらいだが、冷えた身体にはそれが心地いい。
 一気に肩先までを湯に付け、俺はほっと息をついた。
 ふと見ると、さっきまで俺の真正面の壁辺りに張り付いていた土方の身体が、微妙にずれている。
 じりじりと、地味に俺との距離を取ろうとしている土方の視線はじっと湯の波紋を見つめていて、俺はその頑なな様子に小さく息を吐いた。
 やはりこれも、土方が俺に惚れているが故、ってやつなんだろうか。
 土方が俺のことをいわゆるそういう目で見ている以上、この状況が心臓に悪いのはある程度理解できる。
 でも、なにもそんな好きなやつをわざわざ好んで遠ざけなくても、と俺は思うのだ。
 まぁ、土方はまだ俺が己に惚れてしまった事など知らないのだから、仕方がない。
 あぁ、でも、それならば。
 ……前言撤回。
 思いを通じ合わせるくらいなら、いいんじゃね?
 俺は頭の中で連鎖していく感情とその答えをつなぎ合わせ、そうして生まれた答えに一人納得した。
 お試し期間の間とは違い、今俺は土方のことをそういう意味で好きだという自覚がちゃんとある。
 ならば、この残酷な茶番を早く終わらせて、土方をほんとうの意味で幸せにしてやりたい。
 俺は少しずつ、気配を抑え気味にしながら湯の中で身体の位置をずらした。
 俯いているせいか、土方はまだ俺が距離を詰めていることには気づいていない。
 俺はまた少し身体をずらす。
 そうして、少しずつ土方の方へと身を寄せる俺に、残り1M程になった所で土方が顔を上げた。
 当然だが、気配はごまかせても俺が動くことで生じる湯の波紋まではごまかせない。
 だが、ここまでくればそれはもう、勝ったも同然だ。
 俺は、距離を詰められていた事に驚く土方が次の行動を起こす前に、両腕をばっと広げてそのまま土方に覆いかぶさった。
「うりゃっ!」
「うわっ……!」
 二つの悲鳴が重なり、俺の腕の中に捕まった格好になった土方が慌てたように身を捩る。
 だが、何度も言うようだが土方は寒さと冷えで体力が著しく低下しているのだ。
 あまりに簡単に押さえ込めることに、逆に不安を覚えてしまうほどで。
「にげんなっ、って……!」
 俺は土方の身体を抱き込んだまま、その腰を抱えあげるようにして己の腰の上へと乗せる。
 これで土方の行動権利は俺が奪ったようなもんだ。
 だが、勿論それを悟ったのは俺だけではなく、無理矢理裸身を密着させられた事で混乱したらしい土方が弱々しい力で必死に暴れている。
 俺はその姿がなんだかかわいそうになって、力ごとねじ伏せるように土方の身体を抱きしめた。
「……なぁ」
 抵抗が辛くなり次第に動きが鈍くなる土方に声をかければ、その身体が大げさなほどびくりと震えて。
 俺は、俺が土方を困らせるためにやってるんじゃないって事を知らせたくて、背中を数回撫でるように叩いた。
 そうして、ゆっくりと口を開く。
「………、あのな」
 だが、言葉がうまく出てこない。
 そういえばさっきも、俺は心の中で何度もその気持ちを反芻するばかりで、口から出すことができなかった。
 俺はもう一度、息を吸って、声に言葉を載せる。
「……っ……」
 だが、『す』を発音しようとする尖らせた唇のまま、声が出てくれない。
 土方の腕は、湯の中で所在なさげのまま俺に手を回していいのか戸惑っているように見える。
 多分、俺の様子がいつもと違うってのは、こいつも感じ取っていることだろう。
 でも、きっとそれがなんでかまではわかってない。
 だから、早く言ってやらなくちゃいけない。
 でも、なんで。
(くっそ、二回口動かして息吐き出しゃいいんだろうが! ガンバレ俺! 銀さんやればデキる子ぉ!)
 だが、そんな俺の叱咤激励を俺自身の口は綺麗に無視し相変わらず仕事をしない。
 日頃の怠け癖がこんな所でも忠実に発揮されるのかと必死に金魚のように口をぱくぱくとさせていると、不意に、それまで黙りこくっていた土方が口を開いた。
「……わりぃ」
「……は?」
 土方が喋りだした事にも驚いたが、その言葉が謝罪だったことに俺はもっと驚いた。
 だって、その謝罪はさっきまでの謝罪とは違って、なんか、俺が今まごついてるのは自分のせい、みたいな。
 でも、当たり前だけど俺がまごついてるのは俺自身の不甲斐なさが原因で土方のせいじゃない。
 だから、どっちにしろ土方が謝ることなんてないんだけど、……とか、思っている俺に。
「クーリングオフ、してぇんだろ?」
 土方が発した言葉に、俺は頭から冷水をぶっかけられたような気分に襲われた。
 ちょ、ちょ、ちょっと、待て。
 なにをどうしたら今そういう思考に行き着くんだ。
 俺はびっくりして土方の身体から手を緩め、真正面からその顔を見る。
「え、いや、ひ、土方くん?」
「言い淀んでくれて、ありがとな。……でも、我慢するこっちゃねぇよ」
「いや確かに言い淀んでましたけども!」
 それは土方に『好きだ』と告白しようとしていただけで断じて、お試し期間終了を望んでいるわけじゃない。
 いや、厳密に言えば実際に付き合い始めればそれはお試し期間の終了を意味するわけだから別に間違ってないわけではないけれども、だからって俺が言い淀んだそれはクーリングオフとは意味が真逆だ。 
 っつーか、そもそも八時間蔵に閉じ込められて心身ともに疲労困憊状態の奴に『別れようぜ』とか突然言い出すとか、俺はどんだけ空気の読めない奴に思われてんの、凹む。
 万が一俺がほんとにクーリングオフ希望だったとしても流石に時と場合と土方の心身くらいは考慮するわ。
 そもそも、そんな事はもう二度と有り得ないわけだが。
 だって、こいつをクーリングオフなんてもったいない真似、出来るはずがない。
 今、奇跡的にこいつは俺の腕の中にいてくれてんのに、一度だって放流してみろ。
 その僅かな間にどっかの誰かにするっとキャッチされたら目も当てられない。
 だからこそ、この手を、絶対に離す訳にはいかない。
「だろ? ……その、ありがとな。っつーか最後の最後にすげぇ迷惑……」
「だから! 違うんだって、俺が言いたいのはクーリングオフなんじゃなくて契約更新っつーか」
「……は?」
 それにしても相変わらず口のほうが上手く動かない。
 普段口から生まれてきたのではないかとズラに形容される俺の口に、こんな時だからこそちゃんと仕事しろと俺は叱咤する。
「その、だから、俺はっ……!」
「……万事屋?」
 喉が詰まったように言葉を詰まらせる俺の姿に心配気な色を見せる土方に、俺はとにかく何でもいいから気持ちを伝えろと半ばやけくそに叫んだ。

「だから、……っ本契約させろっつってんだよコノヤロー!!」

 言ってやった。
 多分、絶対、もっと言いようはあったと思うけれど。
 今の俺には、それが精一杯で、でも。
 きっと、土方はその言葉をちゃんと理解してくれるだろうと思って。
 じっと土方の方を見れば、俺の言葉と目に本気であることを感じ取ったのか、土方の頬にさっと朱が走った。
 ほら、やっぱりちゃんと分かってくれた。
 俺は、俺の不器用な言葉がそれでもちゃんと土方に伝わったことが嬉しくて、その身体をギュッと抱きしめた。
「ま、待て……なん、い、いきなり……」
 腕の中から聞こえてくる土方の声は混乱したようなそれで、俺はなんでと言われてもと少しだけ言葉に迷う。
 確かに、俺の中ではこの数日、というかこの数時間であれとかこれとかいろいろあったけど、土方にはそんな事知るよしもない。
 こいつにしてみりゃ蔵に閉じ込められて出てきてみたら俺が自分に惚れていたのだ。
 ちょっとした浦島太郎状態だろう。
「んー……まぁ、俺も本当のとこ、ちょっとびっくりしてんだけどさ」
「か、勘違い、じゃねぇの?」
「それはない」
 それだけは、絶対にないと断言できる。
 きっぱりと土方の言葉を否定する俺に、まだその腕は迷っている。
 お試し期間中はもっとあっさり俺の腕に手を回してきてくれたのに、いざこうなるとやはり緊張するのだろうか。
 土方は腕をあげようとして、やめて、あげようとして、やめて、そんな動きを数度繰り返した後、小さな声で言った。
「だったら、……舌、入れられるか?」
 本当に小さい声だったが、耳のすぐ脇で告げられたその声は俺の耳にもちゃんと届いた。
 俺はきっと言葉で返事をするよりもこうする方が早いだろうって思って。
 そっと身体を離した土方の唇を、自分のそれでゆっくりと塞いだ。
 ここまでは、今まで通りだ。
 こんなキスならお試し期間中にもう数えきれないほどしている。
 問題は、此処から先だ。
 でも不思議と俺の中に不安感はなかった。
 いざやってみたら気持ち悪いと思うんじゃないかとか、そんな懸念はまったくなくて。
 ぬるりと、俺は自ら舌を差し出し土方の唇を舐める。
 少しだけ震えてゆっくりと唇を開ける土方の口内に、俺は自ら舌を差し入れた。
 ゆっくりと確かめるように舌を勧め、おずおずと差し出された土方のそれに触れれば、背筋に走るのはあの時と同じ痺れ。
 だがそれが嫌悪なんかじゃないことを、俺は知っている。
 これはもっと即物的で、どろどろとした熱を孕んだ、俺の欲だ。
 もっと土方に触れたいと思う、俺の。
「んっ……」
 鼻にかかったような土方の声を聞きながら、俺は触れた舌先を絡め、そのまま緩く吸い上げ、唇を離した。
 本当はもっともっと貪っていたが、そんな事をすればその先までも欲しくなる。
 今の土方に、それは酷だろうから。
「……わかったか?」
 今は、俺の気持ちと言葉が嘘ではないことを土方に分かってもらえればそれでいい。
 濡れた唇を舐めながらそう問う俺に、土方は顔を赤らめたまま少しだけうつむき頷いた。
 どうやら、俺の気持ちはちゃんと伝わったらしい。
 土方の手が湯をかき分けるようにゆっくりを持ち上がり、そのまま俺の背中へと触れる。
 何かを確かめるようにぐっと力が篭ったその腕に答えるように、俺も土方の身体をぎゅっと抱きしめた。
「好き、だ」
 呟く土方の言葉に、俺は頷く。
 何度も何度も繰り返された、土方の思いの詰まった言葉。
 それをこれからは、同じだけの重さと気持ちを付けて、俺からも返してやりたい。
「知ってるよ。……よく、知ってる」
「俺は、てめぇの……!」
 土方の声が掠れ、そのまま言葉に詰まるのが愛しくて、俺は土方の髪を梳くように撫でた。
 言葉は驚くほどにするりと、喉の奥からこぼれ落ちる。
「恋人だよ」
 土方の求めているであろう事を告げれば、腕の中の身体が身じろいだ。
 その愛しい身体をゆっくりと撫でてやれば、聞こえてきたのは小さな声で。
「………かっこ、仮は……」
 呟くようなその言葉に、俺は思わず吹き出すように笑う。
 そんなもん。
「そんなもん。切って丸めて、ゴミ箱に捨てちまえ」



*     *     *




 風呂の中で何度かキスを交わし、すっかり身体が暖まった土方を支えながら俺は風呂から上がった。
「一人で歩ける」
「だーめ。ほら、ちゃんと握ってろよ」
 そんなに気を使わずとも平気だと首を降る土方の腕を半ば強引に掴み、俺は土方を脱衣所へと促した。
 土方自身に自覚がなかろうと、今こいつの身体が本調子でないことは確かなのだ。
 簡単にその『大丈夫』を信じるつもりはない。
 ココで倒れられでもしたら、今度こそこっちの心臓が止まりそうだ。
「そこ、段差あっからな」
「いや、知ってる……」
 風呂場から脱衣所に上がるところの小さな段差を指摘すれば、土方は喉で笑いながら小さく息を吐いた。
 その言葉に俺は、まぁ言われてみればその通りだろうと思った。
 一見の俺と違って土方は三百六十日この場所で生活しているのだ。
 下手をすれば目をつぶっていても歩けるだろう。
 それでも、どうしても心配で、つい口が出てしまうのだ。
 土方も、そんな俺の気持ちを察してくれているからこそ、この腕を無理に振り払おうとはしないんだろう。
「えーっと、タオルは……」
 きょろ、と脱衣所を見回す俺に、土方はそこだ、と脱衣所の奥にある木の棚を指さした。
「その上段のがバスタオル、二段目がハンドタオル。……使用済みのやつは、脇の籠だ」
「へー、マジで銭湯みたいだな」
 真選組の湯回り事情に感心しながら、俺は土方を傍にあった木の椅子へと腰掛けさせ、自分はタオルを取りに行った。
 バスタオルを二枚とハンドタオルを一枚手にとって、タオルを一枚腰に巻き、俺は土方の元へと戻る。
 そうして、所在無さげに前を隠そうとしている土方の腰のあたりにハンドタオルを投げた。
 俺は別に見えた所で大して気にしないが、こいつはそうでもないんだろう。
 さっきからなるべく俺の股間に目が行かないようにしていることには気づいていたし、今更だとは思うが一応隠しておく。
 どっちにしろ湯船にタオルをつけるのはマナー違反だろうから、あの場では隠しようもなかったわけだが。
「ほら、ちゃんと拭けよ。湯冷めするぞ」
 折角温まったのに、冷えてしまっては元も子もないと土方のタオルに手をやる俺に、土方は大丈夫だからと首を振った。
「そんくらい、流石にてめぇでやる。……てめぇこそ、早く拭けよ」
 湯冷めしちまうのは一緒だろと言われ、俺は渋々土方から手を離した。
 その意見はまぁ一理あるし、だが折角のチャンスをみすみす捕り逃したような気もするのだ。
 土方の肌にこっそりと触れるチャンスだったのにと思いながらも、まぁこの先機会はいくらでもあるはずだと俺はすぐに立ち直って身体の水分を拭き取った。
 そうして、脇の脱衣籠を見れば、俺が放り込んだ服のすぐ脇の籠の中に二人分の着物がきちんと収められていた。
 俺は一先ず土方の着物を纏めて抱え、座っている土方の元へと戻る。
「ほら、お前の分」
「あ? あぁ、……わりぃ」
「いやいや、お礼ならジミー君に言いなさいな」
 顔真っ青にしてすげー心配してたし、と告げれば、土方の眉が少しだけ寄った。
「そう、か……」
「言っとくけど、お前のせいじゃないからごめんはなしな」
 また落ち込みモードに突入しそうな土方に先回りしてそう言って、俺は思わず言葉に詰まった様子の土方の身体に着流しを纏わせた。
 そのまま着付けをしようと『はい、立って』と声をかける俺に、土方は首を振った。
「っ、だから、自分でできる!」
 甲斐甲斐しく世話を焼きたがる俺に、またも待ったを掛ける土方に俺はちぇーと唇を尖らせる。
「俺がやりたくてやってんだから、やらせときゃいいでしょ」
「だったらせめててめぇの身支度終わってからにしろ!」
 正論すぎる正論を言われ、俺は思わずむっと詰まる。
 渋々俺は脱衣籠まで戻り、ジミーくんが用意してくれたらしい着流しと、未開封っぽい下着を手にとった。
 多分下着はコンビニかどっかで買ってきてくれたんだろう。
 つくづく律儀な男だ。
 その律儀さに心の中で礼を言いつつ下着をはき、次いで着流しに手をやった俺に。
「あ、っ……」
 不意に、驚いたような声が聞こえた。
 振り返ると、土方がこっちに目を向けたまま驚いたような顔をしている。
「……何?」
「いや、その、………それ、……俺の」
「はい?」
 す、と腕を上げてこちらを指さす土方に、俺は土方の指先を探った。
 そして、気付く。
 まさか下着を指しているわけでもないだろう土方がこの場で自分のものだと主張するものはひとつしかない。
「……え、これ?」
 今まさに袖を通そうとしていた着流しを指させば、土方は顔を赤らめたまま「あぁ」と頷いた。
「えーっと、……実はこれ、ジミー君がさっき持ってきてくれて……」
「…………山崎ぃ……!」
 怒りとも照れとも呆れともいえない、なんとも形容しがたい呻きのような声を上げる土方に、俺は心の中で合掌した。
 さようならジミー。
 お前の勇姿は三日くらい忘れない。
 多分、山崎にしてみれば悪気があった行為じゃないだろう。
 なにしろアイツらは俺達の関係を恋人同士だと思っていたのだし、何より俺と土方の背格好は本当によく似ている。
 見た目通りなら多分土方のほうが少しだけ軽いかもしれないが、着物に体重はさして関係ない。
 まして、いま着物を借りられるメンツの中で、適任を考えればやっぱり土方になるだろう。
 沖田くんじゃつんつるてんだろうし、逆に近藤のじゃ多分でかい。
 山崎は沖田くんと似たような背格好だし、言わずもがなだ。
「えーっと、……借りていい?」
 だが、分かってしまった以上無断で袖を通すのは何となく憚られ問いかける。
 まぁ、この状態で断れるほど土方は卑人ではない。
 それを思えばこの問いかけも余りほめられたもんじゃないけど、あいにく下着一枚で出ていく趣味もない。
「………あぁ」
「ん、ありがと」
「別に……」
 形式的に一応(というか無理矢理?)許可を取り、俺は土方の着物に袖を通した。
 何度か洗濯されているだろう着流しでも、これを土方が普段見につけていると思うと何となく嬉しくなる。
 帯までをきちんと留めて振り返ると、土方もちょうど帯を締め終えたのか襟の形を整えているところだった。
 その頬に、赤みが指している。
 熱が通っていることの証明に嬉しくなって、俺はほっと息をついたらしい土方の身体を両手を広げて抱きしめた。
 急な俺の行動に驚いたらしい土方も、俺の緩んだ顔を見ればすぐに抵抗を弱めて。
「……なぁ、もっかいちゅーしようぜ」
 そうして、答えを聞く前に唇を塞ぐ俺の動きに抵抗することもなく、素直に身を委ねてくれる。
 すり、と身体をこちらへと寄せる土方がたまらなく愛しい。
 あの時、身を震わせ顔を真っ青にして蹲っていた土方を見たときには、安堵と同時に不安も襲っていた。
 だからこそ今、熱を上げ俺の腕の中にいる土方が愛しくて仕方がない。
 ここを出ればまた、土方はまた『新選組副長』に戻らなければいけないだろう。
 ならば、あとほんの少しだけ、俺にこいつを独り占めさせて欲しい。
 だが、こんなところでいつまでもイチャイチャしていれば、また身体が冷えちまうし山崎たちも心配するだろう。
 俺は適当な所で渋々キスを中断し、熱のこもった息を吐く土方の腕に手をやった。
「さて。じゃあ部屋に戻りますかね」
「っ、だから、一人で歩け……」
「だーめ」
 先ほどと似たようなやり取りをしながら俺は強引に土方の手を引いたままその身体を扉の方へと促す。
 実のところ、さっきから扉の前に何やら数人の人の気配を感じていた。
 それは、恐らく言うまでもなく。
 俺は土方の身体をかばうようにしながら、ガラリと扉を引いた。
 その直後。
「トシぃいい!!」
「うおあ!!」
 脱衣所のドアを開けた途端に現れたゴリラ、もとい近藤の顔に思わず土方は一歩下がった。
 あーあー、やっぱりと俺は下がる土方の身体を腕の中へと支える。
 びびる土方の前で、近藤はその場に額をつけんばかりの勢いで土下座した。
「すまなかった! 俺の、俺の不注意でお前を……俺はぁぁあ!!」
「ちょ、な、何言ってんだよ近藤さん! っていうか顔上げろ!」
 大将がこんな場所で土下座など、何を考えているのかと狼狽する土方に、俺は慌てた様子もなく鼻で笑う。
 先程ドアの前に感じていたやたらそわそわと落ち着きがない気配に、扉を開ければこうなるだろうことは予想済みだった。
 同時に、分り易すぎるその気配にすら気づかないほど土方が疲れているだろうこともわかってしまったのだが。
 俺は恨んではいけないとわかりつつも、やはり不問には出来ずに近藤を睨みつけた。
 個人的には切腹でも何でもして大いに反省しろという気分である。
 この際見せつけてやろうかと、俺は土方の身体を腕の中に抱き寄せ慈しむように髪を撫でた。
 腕の中で土方が驚き身を攀じるが知ったこっちゃない。
「土下座くらいで済むとおもってんじゃねーぞゴリラ。詫びにうちの家賃三ヶ月分払えや。あと土方の休暇」
「分かっている! もう非番でも家賃でも生活費でも好きなだけむしり取ってくれ!!」
「へー、太っ腹ー。じゃ後で口座番号教えるからそこに毎月……」
「待てやぁあああ!!」
 っと、やりすぎたかと俺は慌てて口を噤む。
 勿論、本気で近藤から生活費をたかるつもりなどないが、このやりとりじゃ土方が怒っても仕方ないだろう。
 だが、実際心配をかけられたのは本当なのだ。
 多少は反省してくれなければ、割りに合わない。
「なんだよ。休暇貰えたら俺に会い放題だぜ。嬉しくねぇの?」
 耳元で、土方にのみ聞こえるであろう声音で問う俺に土方はさっと顔を赤らめ、だがすぐに立ち直ったように首を左右に振った。
「いやそうじゃなくて、さっぱり話がみえねぇんだよ。なんで近藤さんが土下座してんだ」
「ん? そりゃ、こいつがお前を閉じ込めた犯人だから」
「………は?」
 あっさりと、あくまであっさりとそう言ってやれば、土方が思わず静止する。
 そしてたっぷり十秒ほど経った所で、土方の視線は俺からゆっくりと近藤の方へと移り。
「……近藤さん……アンタ、俺に何か恨みが……」
 その顔は、まさか知らないうちに自分が近藤の恨みをかっていたのではないかと心配するような表情で。
 とりあえずもうめんどくさいから状況説明は自分でしてくれと、俺は土方を腕の中で支えたまま近藤を見やった。
 俺の視線の意図と土方の視線の疑惑に晒され、近藤が慌てて首をふる。
 だが、直後俺はこのゴリラに状況説明を任せた事を心底後悔した。
「違う! 違うんだトシ聞いてくれ! 俺は、俺は自分の尻ぬぐいをするはずが、山崎に助けられていたんだ。だがそれにも関わらず俺はお前の事など何も考えずにお前をあんな所に閉じ込め」
「待て待て待て待て!! 意味わかんねぇ上になんか違う意味に聞こえてくるんでやめていただけません!? っていうか軽いセクハラ発言やめて頂けません!? うちの子監禁プレイとか趣味じゃないんで!」
 混乱したように言い募る近藤の言葉を俺は思わず遮って叫んだ。
 それではまるで近藤がジミーくんの静止を振りきって土方を蔵に押し込めたみてぇじゃねえか。
 混乱してるのはわかるがもうちょっと言いようがあるだろう。
 見ろ! 土方なんて理解不能すぎてぽっかーんとしてんだろうが!
「………だから、一体何がなんなんだよ」
 自分の中で一応近藤の発言を消化しようとしたんだろう。
 だが、それが結局無理だったのか助けを求めるようにあたりを見回す土方に、ここはやはり俺が説明するべきだろうかと思う。
 だが、そんな俺の声を遮ったのはいつの間にその場にいたのか漆喰に身体を預けている沖田くんで。
「つまり、こういうことでさァ、土方さん」
「あ?」
 見れば、いつのまにその場に用意したのか、そこにはコロコロ付のホワイトボードが用意されている。
 どっから引っ張ってきたんだそんなもんと思う俺の前で、まるで会議か講義宜しく沖田くんは黒いマジックの蓋をきゅぽんと開けた。
「午後二時過ぎ、近藤さんは備品をとるために蔵を開けやした。そんで出てくるとき、蔵の戸を閉め忘れたんでさァ」
「はぁ……」
 突然始まった沖田くんの講義もどきに、土方は半ば呆けたまま首を縦に振る。
 ホワイトボードには沖田くんのくせ字で『近藤=開ける→近藤=開けっ放し』と書かれた。
 そして、次にと沖田くんは更に言葉を続ける。
「この時点で蔵の戸は開きっぱなしでさァ。で、そこに登場したのが丁度屯所内を見回りしていたザキでィ。こいつが微妙に気の利く男でしてね、中を確認した上で、開きっぱなしだった蔵の扉をきちんとしめたんでさァ」
 言葉と共にホワイトボードには、『近藤=開ける→近藤=開けっ放し』の後に『→山崎=しめる』と書かれる。
 ここまでくれば、なんとなくオチが見えてきたのだろう。
 土方は顔を引きつらせながら先を促した。
「それで……?」
「いや、もうわかってんでしょ。つまりこういうことでさァ」
 そして更に、沖田くんはホワイトボートに言葉を足した。
 『→土方=開ける→近藤=しめる』と。
「自分の閉め忘れに気付いたんでしょうねィ。中も確認せずに閉めたって、さっき蒼白になってましたぜィ」
「すまなかったトシぃいいいい!!!」
「……あー、あー………なるほどな」
 漸く全ての謎が解けたのか、土方は一気に脱力した。
 そして、それは俺にとっても断片的な状況だけでなく詳細を知る機会でもあり、なるほどそういうことかと納得がいった。
 ジミーは中を確認した上で閉めて、近藤は己の不始末を精算したつもりだったんだろうし、土方が間に入って扉を開けたなど思いつきもしないだろう。
 納得したような土方の横で、俺は思わず溜息混じりの声が響いた。
 どっと襲ってきたのは、言いようもない安堵感と、そしてやはり少しの怒りだ。
 気付いたときには、口から言葉が滑り落ちていた。
「ったく、俺がみっけたからいいようなもんの、……見つけた時のこいつ、どういう状態だったかわかってるか。顔真っ青にしてガチガチに震えて、俺に抱き上げられても抵抗一つしねーし」
「ちょ、や、やめっ……!」
 だが、公然と自分が俺にに縋った事を公表され慌てる土方に。
「黙れ。怒ってんの、俺は」
 遮った俺の声が存外冷たかったことに、俺自身が一番驚いた。
「……万事屋……」
「あのプライド高い副長さんが、部下の面前で俺の腕に縋ったんだよ。指先なんて冷えてがっちがちで動かないはずなのに、その指で俺の服の裾掴んで声掠れさせながら俺の名前呼んで。……そんくらい、精神的にぎりぎりだったって事だ。……どんだけ肝消えたと思ってんだ」
「……す、すまない。この通りだ」
「だから、謝るんならこいつに謝れって」
 俺に向かって頭を下げる近藤に、俺は腕の中の土方を示す。
 だけど近藤は顔を挙げないまま、声を発した。
「いや、トシには勿論謝るさ。だが、万事屋、お前にも、俺は謝罪と、それから礼を言わなきゃなんねぇ」
「近藤さん」
 近藤は一度顔を上げて、俺達の方を見て、それから深々ともう一度頭を下げた。
「トシ、俺の不注意で怖い思いをさせてすまなかった。万事屋、トシを見つけてくれて、本当に感謝している。ありがとう」
「……あー、いや……うん」
 改めて、そう言われて思わず言葉に詰まる。
 なんというか、面と向かって礼を言われる事には慣れていないのだ。
 どうにも気恥ずかしい。
「………あー、医者、きてんだよな」
 俺はその場の恥ずかしさをごまかすように、近藤にそう問いかけた。
 そういえば風呂にはいる前、沖田君がそんなような事を言っていたはずだ。
 俺の言葉に、近藤は顔を上げて頷く。
「あぁ、少し前にこちらにいらしてくれて、今はトシの部屋に居られるはずだ」
 真選組の専属医だから、信用していいという近藤に、俺は土方の手を引く。
「そう。……じゃ、行くか。おいで土方」
「え、あ、あぁ……」
 まだ少し近藤の事が気になっているらしい土方も、近藤の行っていいという動作に気づけば黙って俺の腕についてきてくれた。



*     *     *




「……37度2分……やはり少し微熱があるね。頭痛は?」
「……少し」
「寒気がしたりはするかい?」
 私室に敷かれた布団の上で、土方は医者からの問診を受けている。
 近藤が呼んだその医者は専属医というだけあって土方とも顔見知りのようだった。
 そのせいか、あの土方が気を張ったり無理をすることなく己の不調を素直に訴えていて、俺は少しほっとする。
 素人判断だが、恐らく寒いところに長時間いた所為で体力が落ちてるのと、風邪の諸症状っぽい言葉がちらほら聞こえた。
 これはとりあえずゆっくり休ませてやるのが一番だろうと思っていると、不意に襖の向こうから声がした。
「副長、山崎です」
「入れ」
 影からもわかるその声に土方が許可を出すと、山崎が失礼します、と麩を開けた。
 それと同時にかつおぶしの良い香りがぷん、と漂う。
 山崎が持ってきてくれたのは、二人分のどんぶりに入ったうどんだった。
「副長も旦那も、お腹空いてるんじゃないかと思いまして、台所借りて作って来ました」
「おおー、さっすが! 気が利くなぁ」
「悪いな、山崎」
 腹が減っていたのは同じなのか珍しく素直に礼を言う土方に、山崎はほっとしたような表情で笑った。
「いえ、それよりも無事でよかったです」
「あぁ、心配かけたな。あぁ、……だが、俺の服を勝手に持ちだした件については、またゆっくり話を聞かねぇとな」
「え?……へ!?」
 まさかそこで怒られるとは思わなかったのか明らかに挙動不審になるジミーから、おれはこっそり視線を外した。
 助けるを求めるような視線を感じるが、目を合わせた所で俺には助けられない。
「し、失礼します!」
 結局逃げるが勝ち、という結論に落ち着いたのか、ぴしゃりとしまる麩に俺は思わず吹き出した。
 まぁ、今回は土方の中に心配をかけたという負い目が多くあるのだし、そう酷いことにはならないだろうと勝手に想像してみる。
 土方は逃げ去った山崎の方を一睨みして、一息付けばまた医者の方へと向き直った。
「すみません、問診の途中に」
「いや、それだけ元気ならば、心配いらないだろう。とにかく今は暖かくして、ゆっくりと休むことだ」
「はい。いつもありがとうございます、先生」
 丁寧に会釈をする土方に、医者はもし熱が上がってきてしまったら飲みなさいと数個の錠剤を土方に手渡した。
「それじゃあ、私はお暇するよ」
「深夜に申し訳有りませんでした」
 送りますと立ち上がろうとする土方を、医者が制する。
「いや、これが私の仕事だ。……あぁ、何かあったらすぐにまた呼んでくれ」
 土方と、その声は恐らく俺にも向けられたもので。
 俺は慌てて姿勢をただし、はい、と返事をした。
「あ、ありがとうございました!」
 俺の慌てたような礼に少しだけ笑って、初老の医師はそのまま土方の部屋を出ていく。
 俺は医師を見送ってからジミーが置いてったうどんを手元に引き寄せ、それをもって土方の枕元に座った。
「食えるか?」
 念のため問いかける俺に、土方は頷く。
「そこの文机をここに運んでくれ。床じゃ食いづらいだろ」
「あ、あぁ」
 土方が指さした先には綺麗に片付けられた文机があり、俺はそれを持ち上げてちょうど布団に隣接させるように置いてその上にうどんを運んだ。
 その間に、土方は小机の引出しの中からタバコを取り出し揃いのライターで火をつける。
 ふーっと美味そうに紫煙を吐き出すその姿に、そういえば蔵から出てから一度も吸っていなかったなと思いだした。
 一応先ほどまでは医師の手前、我慢していたらしいがもう限界だったのだろう。
 引き寄せた灰皿に灰を落とし煙草を預け、土方は箸を手に持った。
「いただきます」
「いただきます」
 丁寧に手を合わせる土方に習って手を合わせうどんに手をつけると、夜食を考慮したのか少しだけ柔らかめに煮られたそれが胃にやさしい。
 鼻を擽るかつおぶしの香りに俺は自分が随分腹が減っていたことに気付いた。
 それは土方も同じだったのだろう。
 しばし無言で、お互い腹を満たすことに集中する。
 静かな室内にうどんを啜る音だけが暫く響き、そうして丼の中身が半分ほどになった所で、先に口を開いたのは土方だった。
「なぁ、……なんで、わかった?」
「ん?」
 うどんを口の中にほうばりながら問い返す俺に、土方は置いてあった煙草の灰を一度落とし、燻らせてから言葉を続ける。
「いや、俺が蔵の中にいるなんて、……良くわかったなと思って」
 あんな場所、絶対に見つけてもらえないと思ったと、そういう土方に俺は箸を止めた。
「いや、まぁ……、なんつーか、始めっからおかしいとは思ってたんだ」
「何が?」
 問い返す土方に、俺はうどんを啜る。
「だって、鬼の副長土方だぜ? 仕事中に携帯も持たずにどっかいくわけねぇだろ」
 だから、何かあるのではないかと思っていたという俺に、土方はそうかと嬉しそうに顔をはにかませた。
 フィルタを口に咥える土方の煙草の穂先が、ほっと赤を強くした。
 次いで、ふーっと口から紫煙が吐き出される。
「……はじめは、きっと隊士の誰かが見つけてくれるって、信じてて」
「うん?」
 話しだした土方の言葉に耳を傾けると、土方は長くなった灰を弾いて灰皿へと落とした。
「でも、俺が叫んでも外に声は届かねぇし、叩いても聞こえねぇみてぇで、そのうちどんどん声が聞こえなくなって」
 蔵の中にいた時のことを離す土方の口調は、どこか寂しげで俺は思わず箸を置く。
「そのうち外は日が落ちるし、気温は下がるし挙句雪まで降ってきやがって。……でも、そん時、俺どっかでこれはしっぺ返しなんじゃねぇかって、思ってたんだ」
「は? しっぺ返し?」
 その思いも寄らない言葉に俺は思わず驚いて、土方はくすりと笑って煙草を吸った。
「あぁ。お前を……俺が好きでもねぇのに俺のとこに縛り付けて、恋人なんて名乗らせて、いい気になってたツケが回ってきたんだって。閉じ込められたせいで約束も破っちまって、まるで目に見えないもんに、『もう万事屋に会うな』って、そう言われてる気がして……」
「え、おい、土方!」
 事を訴える土方の声が震えている気がして、俺は慌てて文机を回りこんで土方の顔を挙げさせる。
 俯いたその瞳にはうっすらと涙の膜が張っていて、俺は咄嗟にその身体を抱きしめた。
 あの真っ暗な闇の中、土方がそんな事を考えていたのかと思うと、胸がキリキリ痛む。
「俺が、てめぇを諦めれば……そしたら扉が開くんじゃねぇかって……そんな非現実的な事本気で考えて……でも、どうしてもそれだけは嫌で……」
「土方……」
「クーリングオフ、させてやっから、……だから思い続けるのだけは許してくんねぇかって誰かもわかんねぇ奴に必死で頼んだ。もしこっから出られたら、後もう一回だけでもお前に会えたら、それできっぱり関係を解消するから、だから、……せめて、約束破っちまったことお前に謝りたいって……、きっと、てめぇは優しいから、ツマミ作って待っててくれてるはずだからって」
 土方の腕が煙草を置き、俺の背中にゆっくりと回る。
 縋りつくその様はまるで小さな子供のようで、俺その身体をぎゅうっと抱きしめた。
「そうやって、馬鹿みたいに必死に考えてたら、……だんだん、眠くなってきやがって、……あー、これ死ぬかも、とか思った時……、急に、扉が開いたんだ」
「……なんだそれ、俺まじでギリギリだったんじゃねぇか……」
「だから、今思えば馬鹿な話だけど、一瞬マジで死んだかと思ったんだよ。だって……まさか、てめぇがいるなんて……」
 思わなかったのだと、掠れた声で告げる土方の言葉に、俺はその身体を自分の膝の上に持ち上げ腕の中へと閉じ込めた。
「……風呂で突然クーリングオフがどうのって言ったのも、……そういう訳だったってこと?」
 俺の問いかけに、土方が頷く。
 なるほどそんなマイナス思考まっしぐらな時に俺が現れたら、そんな考えになってもおかしくない。
 だが、俺にしてみれば冗談ではない。
 土方が俺にクーリングオフを進めようかと考えている正にその時、俺は土方にちゃんと告白する決心を固めていたのだから。
「だって、……割りに合わねぇだろ。俺ばっかり良い思いして。あのお試し期間が、てめぇに与えるメリットなんて何もねぇ。それなのにてめぇは優しいから……、俺みたいな奴でもほっとけなくて……、キスまで許してくれて、なのに俺は欲張って、……だから、きっとバチ当たって……!」
「はいはいはいはいストップ!」
 体調を崩しているからかあっという間にまたマイナス思考ループに陥っている土方を、俺は慌てて揺さぶって引き戻した。
 っつーか、そもそも土方を閉じ込めたのは目に見えない神様もどきなどではなく、不注意でのゴリラの所業だ。
 あんな毛深い神様など俺は断じて認めない。
「万事屋……?」
「あのな。お前は、俺を誤解してる」
 顔を上げる土方の顔を正面から見据えて、俺は一度深呼吸した。
 こんなみっともない話、出来れば生涯墓まで持っていきたい。
 でも、こんなふうに胸のうちを明かしてくれた土方に対して、何もいわねぇのは多分卑怯だ。
 土方が話してくれたのなら、俺も、ちゃんと話すべきだ。
 それが、最低限土方と恋人になるための、礼儀だろうと思う。
「あのな、……俺は、すごく卑怯なんだ」
 俺は、土方の頬を撫でながらそう言った。
 膝の上に抱き上げているせいで、今俺は土方を見上げるような体制にある。
「は……?」
「卑怯なの。もう、お前なんかとは比べもんにならないくらい。卑怯で矮小で、臆病なんだよ。だって、俺はただ……おめーを手放したくなかっただけなんだ」
「………は?」
 俺が何を言っているのかわからないという風な土方に、俺は一度土方の身体を膝から下ろし、だが手だけは離さないままその場に正座した。
 今度は、視線がちょうど真正面で交わる。
「俺さ、お前とずっといい関係でいたかったんだ。街でばったりあったりとかして、お互いの家に遊びに行きあったりして。フツーに話して、フツーに喧嘩して、フツーに飲んで、フツーに笑って。そういう、フツーの関係でいたかった。だから、……初めておめーに告白された時、もうそれが無理になっちまうのかって、正直それが、ショックだった」
「……あ、……ご、ごめ……」
「でも、ショックだった俺は、最低なことをした。あん時、なんとなくキスくらいならお前と出来るんじゃねぇかと思って、だったら、……だったら、お試し期間とか言って、キスしてやるからって、お前を俺のとこに置いとけねぇかって、そう思った。しかも、これをいえば多分お前は断らねぇ、尻尾振って喜ぶはずだって。付き合う気もねェ癖に!!………最低だろ」
 敢えて言葉を選ばずに、俺はその時の俺の正直な気持ちを話す。
 これでもし土方が俺に愛想を尽かしても、それはしょうがねぇって思った。
 だって、こんな気持ちをひた隠しにしたまま俺に心酔してる土方なんて、見ていられなかったから。
「ごめん、土方……ごめん」
 頭を深く下げて、俺は謝った。
 文字通り死刑宣告を待って処刑台に立っている気分だ。
 一発殴られるくらいは、当然するんじゃないかと思っている。
 それで済めばむしろ安いものだと思う。
 なのに。
「………、土方?」
 俺を襲った土方の手のひらは握りこぶしを作って俺を殴るんじゃなく。
 ただ優しく、俺の頭を撫でた。
 びっくりして顔を上げた俺の目に入ったのは、泣き笑いみたいな土方の顔で。
「ひじ……」
「知ってたよ」
「え、……」
 土方の物言いに、俺は思わずあっけに取られた。
 そんな俺を見て、土方は笑う。
「おめぇが、俺とちゃんと付き合うつもりでお試し期間なんて言い出したんじゃねぇって事くらい、わかってたよ」
「な、なん……」
「なんでって、……あん時のお前見てれば本気かどうかくらいはわからぁ。まぁ、流石にその理由は思いつかなかったが……でも、そんなのなんでも良かった。俺は、……ただがむしゃらに、お前の『特別』が欲しくて、お前が多分苦し紛れに言い出したお試し期間でさえ、ラッキー好都合渡りに船みたいな気分だったんだ」
 お互い様だろと、そう笑う土方に俺は思わずあっけに取られた。
 じゃあ、何か。
 つまり俺達は本当にお互いが自分の利害だけを考えて、その上でうまい具合にその利害が一致した所で数カ月間のたくたしていたということなのだろうか。
「先に痺れを切らしたのは俺だ。……でも、心のどっかで、これでよかったって思ったんだ。あぁ、これでもうてめぇに無理させずに済むって。俺を恋人なんて言わずに済むって。でも……弱ぇよなぁ。お前に続けていいんだって言われたら、何も言えなかった……」
「お、俺の方こそ、こんなキスだけなんて中学生みたいな関係でお前を縛り付けるのも、もう終わりに出来るって、でも、でも、俺、お前を手放すのが嫌で……、あん時にはもう、お前が手に入るなら舌でも何でも入れてやる、って思ってたんだ。セックスだって、おめぇがしてねぇなら……その、……」
 できると思ったとぼそぼそ呟きながら、俺は何だこの状況はと顔を熱くする。
 まるで最後の晩餐か懺悔大会だ。
「なんか……似たもの同士だな」
 短くなった煙草をもう一度吸って灰にして、土方はそれを灰皿で押しつぶす。
 俺は、その唇を親指でゆっくりとなぞった。
 そこに触れたいと思ったのは、もう半分位は本能で。
 そうして、吸い寄せられるように唇を寄せ、どちらともなく唇を合わせた。
 それは相手を繋ぎとめるためじゃなくて、思いを伝えるための口づけ。
 何度か唇を合わせ、間近に見えるその瞳に自然と顔には笑みが浮かんだ。
「うどん、伸びるぞ」
「そうだな」
 そういえば、食べかけだったその存在を思い出し、俺は文机の向こうには戻らないまま土方と並んでうどんを食った。
 冷めても美味しいその味に心の中で山崎に礼を言う。
 地味な割に、意外となんでもできる男らしい。
 土方がお抱えとして傍に置くのも、肯けた。
「食べ終わったらさ」
「ん?」
 不意に聞こえた土方の言葉に振り向けば、既に一足先にうどんを食べ終えたのか土方は食後の一服をしている。
 ふーっと空中に吐き出される紫煙を目で追いながらうどんを啜ると、土方は灰を灰皿に落としながらこちらをみた。
「セックスしねぇ?」
「ぶほぁっ!!」
 その余りに直接的物言いに俺は思わずうどんを吐き出しかけ、俺は手を口で抑え慌てて飲み込んでは盛大に咳き込んだ。
「……大丈夫か?」
 大丈夫かじゃねぇよ、誰のせいだ誰の。
 つーか、いきなり何を言い出しちゃってんのこの病人は。
 俺はうどんと共に運ばれてきたお茶で咳をどうにか鎮め、腕で大きく×印を作っては首を真横に降った。
「だめ! だーめ! 絶対だめ!」
「なんでだよ。……恥じらうような歳じゃねぇだろ……?」
 良い大人の付き合いならば、体の関係はあっって然るべきだと言いたげな土方に、俺はなおも首を振った。
 っていうか、今問題にしたいのはそこじゃない。
 特筆すべきは俺達がいい大人かどうかじゃなく、いい健康状態かどうかなのだ。
 さっきまで自分が医者にかかって薬処方された身だってことを忘れてんじゃねぇかこいつはと俺は脱力する。
「そういう問題じゃなねーだろ。おめぇはいま病人なの。銀さん好きな子の体調無視して抱くようなSじゃねぇからね。そういうプレイは、萌えないから」
 暗ににダメだということを訴え首を振っても、土方は納得できないといったようにこちらへと迫ってくる。
 その瞳に、嘘はない。
「別に微熱なんて平熱みたいなもんだろ。平気だ」
「平気じゃねぇよ微熱は微熱だよ。しかも無理すりゃ発熱にすぐレベルアップすんだぞ。微熱を甘く見るな」
 とにかくダメです、と断言して再びうどんにとりかかり汁までを飲み干す俺に土方はまだ納得がいかないらしい。
 そんな恨めしげな目で見られても銀さんしませんよ。
 徹底的に拒否の姿勢を貫く俺に、土方が食い下がる。
「俺が平気だっつってんだから、信じろよ」
「だーめ」
「悪化してもお前の責任じゃねぇし」
「いや、百パー俺の責任だから。どっから見ても言い逃れ出来ねぇから」
「セックスでも何でもしてやるっていったじゃねーか!」
「時と場合と状況と自分の心身状態を省みろ! ダメなもんはダメなの! いーから寝なさい!!」
 これ以上はいくら言っても拉致があかないと判断し、俺は土方の手から煙草を取り上げ灰皿で押しつぶした。
 ぶっちゃけ風邪の引き始めに煙草を吸ってるだけでも身体に悪いのに、これ以上悪化させるような真似なんてできるはずはない。
 俺は煙草を取り上げられ俺を睨みつける土方の身体を腕の中に抱き込み、そのまま強制的に布団へと押し倒した。
 そのまま、俺の体ごと掛け布団で覆い、何もしないことを告げるように腕の中にその身体を抱きしめる。
 布団に押し倒された事で一瞬期待の色に満ちた土方の目が、再びむっとしたような怒りを纏う。
 だから、その目やめろっつの。
 別に俺虐めてるわけじゃないし。
 むしろ至極大人な対応をしていると思う。
「……万事屋」
 ねだるように身を寄せ俺の着流しを掴む土方に、俺はだーめとその手を引き剥がした。
「……熱下がったら、すりゃいいだろ」
 時間はたっぷりあるのだからと、そういう俺に腕の中で暴れていた身体がその動きを止める。
「……ぜってーだぞ」
「いや、別に俺だってしたくなくて拒んでるわけじゃねぇし」
 ただ、お前が心配なんだよと改めてそう言って額に唇を押し付ける。
 な、と言い聞かせるように念を押せば、土方は渋々頷いた。
「…………ねみぃ」
 そうして、事態が落ち着けば途端に土方の顔に眠気が襲う。
 俺はその様子に己の思惑が上手くいったことにほっと息をついた。
 いくらやるやると騒いだ所で、土方の体力がもう底付きかけているのは明白だ。
 ならば強制的に寝の体制に持ち込めば自然と眠気が襲い恐らくそれに抗うだけの意思は土方にはないだろうと。
 そうして、俺の予想はどんぴしゃだった。
 いいことだ。
 熱を下げるにはとにかく寝るのが一番なのだから。
「ん、寝ろ。……朝まで、ちゃんと抱いててやるから」
 先程より少しだけ熱っぽく感じる土方の身体を抱きしめ頭を撫でれば、とろんとした瞳はすぐに瞼を落とす。
 程無く腕の中からは、規則正しい寝息が聞こえてきて俺はほっと安堵した。
 なんというか、とてつもなく長い一日だったような気がする。
 だが、これで漸く、枕を高くして眠れそうだ。
 あぁ、そうだと、俺は土方がこんなことになってしまった原因を思い返した。
 折角見つけてくれたのだ。
 例の写真も改めて、土方に見せてもらわなくては。
 だが、総ては明日。
「おやすみ、土方」
 お疲れ様、とその髪にキスをして。
 俺はその身体を腕の中に抱きしめたまま、布団に埋まるように目を閉じた。


END


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