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玄関を開いた瞬間、銀時は目に映る光景にそのまま先ほどの動作を巻き戻し引き戸を閉めてしまいたい衝動に駆られた。 そして実際閉めなかった己を、褒めて欲しいと思う。 「……どうしたの、それ」 「ちょっとそこで襲われた」 まるで近所の友人と偶然出くわしたかのような口調で言っているが、「襲われた」という物騒な語尾と血飛沫から察するに十中八九辻斬りだ。 しかも相手は彼を真選組副長、土方十四郎であると十分理解した上で襲ってきた可能性が高いだろう、とも思う。 今日の土方は普段仕事中に着用している洋装の隊服ではなく私服の着流しを着用しているが、マスコミで真選組が矢面に立たされる度テレビに映り込む土方の顔を覚えている人間は多いだろう。 だからこそ、こうして土方が突発的な襲撃に巻き込まれることも稀ではないのだが。 「いや、そーじゃなくて……それ」 生憎と今の銀時が示す「それ」は、返り血まみれの土方本人ではなく。 「……あぁ、これか?」 何かに気付いたように、土方が手に持っていたそれを銀時へと突きつけた。 ひ、っと思わず引いたような声を出してしまった己に罪はない。 ないはずだと、銀時は無理矢理自分を納得させる。 「なんだ、……ひょっとして、嫌いか?」 つきつけられたモノに引いたような動作をする銀時に土方は首を傾げた。 次いで、どうしたもんかと手を引く土方の動作に従ってふわりと漂うのは、甘い香。 困ったような顔をしながら、土方はまるでそれを担ぐように肩口へと乗せ、銀時はいやあのさ、と首を振った。 「っていうか、好きとか嫌いとかそういう問題じゃなくね? なんなのその――薔薇の、花束」 黒の着流しに、返り血を浴びた帯刀の出で立ち。 物騒な顔つきに咥え煙草をふかし、手には大きな薔薇の花束。 (いやいやいや、最後だけおかしいから。なんなの、なにがあったの、どういうキャラ付けめざしてんのこいつ) 「おい聞こえてんぞクソ天パ」 どうやら心の声を思いっきりだだ漏れさせていたらしい。 土方は咥えたままだった煙草を一度指先で摘んで口から離し、肺まで吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出した。 「いやぁ、だってさ……」 大の男が薔薇の花束など、どこの三文小説だともごもご口の中で呟く銀時に、土方は「あがるぞ」と三和土に歩を進めながら玄関の扉を閉めた。 「別に買いたくて買ったわけじゃねぇ。辻斬りの後処理だ」 「後処理でなんで薔薇の花束?」 「……ここにくる歓楽街の手前に、ちっせー花屋あるだろ」 勝手知ったる、他人の家。 土方は花束を携えたまま当たり前のように廊下を通りぬけ、居間のソファへとどさりと腰を落とした。 銀時は土方の後をのんびりと追いつつ、声に相づちを打つ。 「あぁ、知ってる。夫婦でやってる赤い屋根のとこだろ」 土方のいうその花屋は丁度屯所から万事屋への最短ルートに軒を構えている。 見覚えのあるその外観に、銀時はこくりと頷いた。 珈琲? 緑茶? と話の合間に問いかければ、緑茶、と短い返事が返る。 「辻斬りが丁度、その辺りでな」 土方は短くなっていた煙草を銀時が用意しておいた灰皿へと押しつぶし、新しい物を口に咥える。 そうしてマヨライターで煙草に火を灯す土方が言う事の顛末は、こうだった。 万事屋に向かう、その途中。 花屋の前に差し掛かった辺りで、両側の路地からから計四人の男の襲撃を受けたのだという。 常人であれば慌てて震え上がるその光景も、土方にしてみればありがたくもないことに日常茶飯事といってもいいほどで。 冷静に二人目までを斬りつけた所で、三人目が苦し紛れに小銃を取り出した。 普通、攘夷志士は侍の誇りを声高に叫んでいることから銃などを使ってくることは殆ど無い。 しかも剣と違い、拳銃は他の人間へ危険が及ぶ可能性が高く、撃たせまいと土方は咄嗟に男の腕を蹴り上げ、更にその脇腹を蹴りつけた。 あの判断はさして悪いものではなかったと、今でも思っている。 不運はただ、蹴った先に花屋があり、更にその場に陳列されていた薔薇の籠に蹴られた男の体が突っ込んだ事、だった。 「あー……なるほど」 黙って話を聞いていた銀時は、ポットから湯を注ぎながら一人納得したように頷いた。 倒れて散乱した薔薇は、恐らく傷物になり売り物にならない。 話から察するに、事情を察した土方は散乱した薔薇を全て自腹で買い取ったのだろう。 鬼だなんだと揶揄されているが、この男は基本的に女子供や守るべき存在には酷く甘い。 適当に入れた茶を土方の前に置きながら、銀時は耳に届く話にこいつらしいなとくすりと笑んだ。 「それで? そんな凶悪な格好で花束なんてもってここまで歩いてきたんだ」 血の量からして殺してはいないだろうが、威嚇のために振るっただろう。 土方の黒の着流しにはところどころに血が飛び散っていた。 救いは、乾いて黒ずんだ血飛沫はパッと見では見て取ることが難しいことくらいだろうか。 「うるせぇ。屯所戻るよりは近けぇと思ったんだ。……大体、こんなもん持って戻ったら総悟のやつに何言われるか……」 考えただけでもゾッとする、と僅かに顔を青ざめさせる土方に、あの歪んだ愛情表現を土方が理解する日は遠いだろうなと銀時はひとりほくそ笑んだ。 勿論、余計なライバルが増えるのは頂けないし、一生気付かなかった所で一向にかまわないのだが。 「優しいねぇ……で? 屯所に持ってかえるわけにはいかないから、俺に押し付けようって?」 「客商売なんだから花の一つや二つ、飾ったって構わねぇだろ」 むしろ賑やかしにはちょうどいいではないかと、花束をローテーブルに置く土方に銀時は肩を竦めた。 確かに悪くない判断だが、あと一歩、この男は思慮が足りない。 「あのなぁ、普段から花なんて飾ったこともない男の家に、花瓶なんておあつらえ向きのものがあると思う?」 半ば呆れたようにため息混じりに言ってやれば、土方は指先に摘んだ煙草をわずかに震わせた。 顔にははっきりと「しまった」と書かれており、次いでバツの悪そうな表情が浮かぶのを銀時は苦笑交じりに眺める。 こういう所がたまらなく可愛らしく映るのだと、言ってやった所でどうせ男は理解などしないだろう。 「わ、悪い……そうだな」 「そうだよ」 「じゃあ、これは持って帰って……」 急に慌てだした土方の様子に、本当に何も考えていなかったらしいことが伺え思わず笑いが漏れる。 だが、花束を持ってソファから立ち上がりかけた土方に、そのままこの場を後にしようとしていることに気づき、銀時はその手を掴んだ。 「ストップ。まだ来たばっかりでしょ」 「でも、……切花って、早く水につけねぇとまずいんじゃねぇの?」 枯れてしまうのではないかと心配する男に、こう見えて意外と花好きなのかと思いながら、銀時は土方の手から花束を奪った。 「大丈夫だ。ここにはねぇけど、まぁ、当てはあるから」 だから座ってろと、腕を下方に引けば土方はその意図を察して素直にソファへと腰を落とした。 「そ、そうなのか?」 「そうなの。だから、大人しく座ってろな」 言い聞かせるようにこめかみに触れるだけのくちづけをすれば、土方はさっと頬を赤らめ大人しくなった。 ついでのように頭を数度、叩くように撫でる。 「勝手に帰るなよ」 必要ないだろうと思いつつも念のため釘を指し、銀時は薔薇の花束を片手に携え居間を出た。 向かう先は、階下のスナックお登勢だ。 万事屋と近い女所帯の仕切る店。 花瓶の一つや二つ、ないわけがない。 「しかし、……あいつ意外と花好きだったんだな」 薔薇が枯れる事に異様に不快を示していた土方の様子を思い出し、銀時は珍しい発見だったと口角を緩めた。 だからといって、銀時が手土産に花など買っていけば、青ざめて体調不良を確認されるだろうこともなんとなく予想がつく。 なぜなら、十分ほど前薔薇の花束を携えた土方の姿を見た瞬間、誰でもなく己が、土方の体調不良を心配したのだから。 玄関を抜け、銀時が階段を降りていく足音が響く。 その行き先を階下にある大家のスナックだろうと目星をつけながら、土方は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。 人間、慣れないことをすると精神的に疲れるのだと、土方はため息を付く。 別段、己は花が好きでも薔薇が好きでもない。 それでも散乱した薔薇を買い取ったのは、確かに売り物を傷物にしてしまった罪悪感もあったが、それは理由の半分で。 (……まさか、色があいつの瞳の色に似てたからとか……) 散乱した薔薇の赤に既視感を感じ、気づいた時には散らばったそれを拾いあつめ、驚く老婆にこれを全て売って欲しいと頭を下げていた。 (……まぁ、言えるわけねぇけど……) 言った所でどういう反応が帰ってくるかは想像に難くない。 さきほど、薔薇を腕に抱えていた銀時の姿に、あぁ、やはり似ていると一人で納得した。 あの瞳の色が、好きだ。 その色を思えば、先程口づけられたこめかみがふっと熱を持ったように熱くなり、一体どこまであの男に溺れているのかと辟易する。 だが、それも悪くないなんて。 思ってしまっている時点で、もう相当重症なのだと、土方はその瞳の色を思いながらふーっと紫煙を空中に霧散させた。 end |